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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 恒河沙の言葉を聞いた途端主人は暴れたが、それも恒河沙の手で簡単に押さえ込まれ、恐怖で歪んだ顔を須臾は残忍な笑みで見据え、額に石を軽く触れさせた。
『冗談だと思うなら、試して死ね。“我が言葉楔と成り、器と魂の繋ぎに刻みを成す”』
 主人は熱ではない熱さを額に感じ自然に両目を強く閉じたが、それは一瞬の出来事で終わった。
『これで、今の所あんたの寿命は五日間だ。死にたくなければ、あんたが盗んだ剣と同じ剣を捜し出すんだね』
「何だってっ?! そんなの無理に決まってるっ!」
「捜し出せ。別に私の前にそれを用意しろとまでは言わない、それが何処に在るかを調べ出せればそれで良い。死にたくなければ、どんな事でも出来るだろ? 情報さえ手に入れてくれれば、それなりの報酬も渡そう」
「そんな……」
 自分の命を人質とする脅迫の言葉に主人は肩を落とす。
 リグスで使用されている呪法の類ならば、まだ期間内に解呪の方法を探す手立てが有るかも知れない。だが行く手立てさえも乏しい紫翠の呪法では、既に諦めるしか方法がなかった。
「欲を出した罰だと思うんだな」
「まっ、おっさん頑張れよ」
 ソルティーが吐き捨てる言葉を残し店の外へ向かうと、恒河沙も同情を感じさせる言葉を投げかけその後を追い、須臾は何も言葉にしなかったが、主人が俯いているのを良いことに、壁に掛かっていた高そうな小刀を一本懐に隠してから外に出た。





 宿に帰る前に、夜通し開いている酒場に入ろうと言い出したのは、勿論須臾だった。
 深夜にも関わらず店の中はまだ宵の口の賑わいを見せ、奥の方では男が奏でるフィヨルに併せて女の昔語りが謳われていた。
「須臾、いらっしゃい! ……あら、いい男連れてきてくれたじゃない、嬉しい!」
 店に入った途端、近くにいた派手な服を着た女性が目聡く須臾に気付き、他の客の注文の品を手に近寄ってきた。
「どっち、いい男?」
「お連れさん。でもあたしの好みは須臾よ。そんな事より、座って座って」
 女性に押される様に店の中程に案内され、丸テーブルを囲んで椅子に座る。
「ご注文は何ですか? 須臾はいつものね」
「はは……」
 ここ数日の須臾の行動が手に取るように判る女性との会話に、呆れ顔になるのは恒河沙だけだった。
「カーシュを頼む。恒河沙は酒以外なら何でも良いな?」
「うん」
「じゃあ、ダウクスで良い? そんなのしか置いてないのよ、ここ酒場だから」
「ああそれで良い。それと何か食べ物を見繕ってくれないか」
「良いわよ。じゃ、ライバーとカーシュとダウクスと摘みね、少し待っててね」
 空いた手を振りつつ女性は背を向けた。
「ダウクスって?」
「確か、果実酒の原料の一種だったな。発酵させる前の物だ。酒と混ぜて飲んだりもするな」
『甘いだけの飲み物だよ。まあ、恒河沙には丁度良いかも知れないけど』
「須臾、いい加減話せる様になってんだから、こっちの言葉使ったら?」
『そんな事したら、お姉さん達に近付く口実無くなるだろ? 僕は言葉を知らない可哀想な旅人なのさ』
「やり方せこい」
『何とでも言いなさい。お子様に僕の崇高な楽しみは難しいの』
 自分の言い分に納得して一人頷く。
 須臾にとっては此処で言葉を喋れない事は、都合の良い事だらけなのだろう。女性を口説く事の手段としても、面倒な事を頼まれる事を避ける事も。
『それよりさあ、先刻の事なんだけど、あれ、一体何処で仕入れたわけ?』
 判ってくれそうにないお子様の為に話をそらすが、そっちはそっちでソルティーは何の事を指しているのか判らない。
『ほら、あの封呪石。あんなの僕見たことが無い。あれ、本当に効き目あるの?』
「……ああ、あれは買った物ではないからな。ハーパーがこの為に造った物だから、効き目はあるだろう」
 先のことを予測しての物を、むやみに動けないハーパーが用意した。その言葉に須臾は少し俯き加減に考え込み、そして頭を上げた時の視線は鋭くなっていた。
『じゃあ何? ハーパーは紫翠語話せる訳?』
 真っ直ぐに突き出された指に、一瞬ソルティーは「しまった」と言いたげな顔になった。
 店主の恐怖感を煽るには、他大陸の知識を臭わせれば良いと判断したのは、封呪石を作ったハーパーだった。
 確かに竜族であるなら、須臾の知らない呪法を知っていて不思議ではない。ただし例え竜族であっても、封呪石を作る事に手順の変わりはない。その理を持つ精霊と、力を封じる器。そして印を刻む言葉である。
 言葉を換えても使えるというなら、主人に対しての脅しになりはしない。あの封呪石を作る際に最も不可欠なのは、紫翠の言葉なのだ。
 ハーパーは紫翠語を話せないはずだったにも拘わらず。
「あ……ああ、そう言う…事、だな……」
 すっかり忘れていた嘘を指摘されれば、言葉も視線も彷徨わずにはいられない。
「嘘、ソルティー嘘ついてたのか?」
「ああ…まあ……そう言う事にしていた方が、覚えるだろうと考えて、……済まない、悪かった」
 見る間に変わっていく恒河沙の表情に慌ててそう付け足したが、嘘を言っていた事は事実で、謝っても好転しない。
「俺、ハーパーの為に頑張ったのに……」
 あんなに毎日のように自分から進んで勉強するなんて、ハーパーが理由でなければしなかった。その努力が総て無駄に思えて、怒って良いのか、悲しんで良いのか判らない。
「お待たせしました〜〜」
「あ、ありがとう」
「あら? どうしたの僕?」
 ダウクスを置きながらの目聡い言葉に、恒河沙は思わず首を振る。
「何でもない」
 女性に子供扱いはされたくないと言う、極めて低次元かつ根本的な男の意地なのだろう。
 取り敢えずはソルティーはこの女性に、心の中で礼を言う。
「そう? それなら良いけど」
 納得しかねる面持ちで、二人の男を睨め付けてからその場を去った。
 あまり子供を虐めるなと、無言の圧力だったに違いない。
「……その、今更言い訳にしかならないが、ハーパーは紫翠語を理解できているし、話す事も出来るが、使わない事は本当だ。だから、リグスの言葉を覚えない限り彼は、その……無視をする」
 身内の恥をばらす様に、ソルティーは気が滅入る思いで理由を語った。
 ハーパーの言葉に関しての自尊心、彼にとっての必要性を出来るだけ簡単に説明し、その後で何度か恒河沙に謝罪の言葉を使った。
 須臾は早々に納得を見せ、恒河沙の機嫌はあまり良くはならなかったものの、最後には、
「…もう良い、……判った」
 今更何を言ってもあの努力した時間が戻る事がないのに気付いて、その分を別の事で取り返す事に決めた。
 今目の前にある食べ物を追加する事がそれだった。


 三杯四杯と同じ物を追加し、店内には明るめの曲が流れ出した頃には、話は先程の女性を交えてになっていた。
 名前はキャス。一応仕事の時間は終わったらしく、今の彼女はただの客として此処に座っている。
「でも、酷いわぁ、須臾って前に連れは居るけど、おっさんと子供だって言うから、あたしてっきり親子連れかと思ってたのに。こんなにいい男なら早く連れてきてよ」
「はは、い、嫌だなあ、キャスを独り占めしたいからだよ」