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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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 瑞姫を含めた三人の立場は、何をとっても同じ。ただ立場が同じであっても、別の人間だ。考え方も違えば、人との向き合い方も違う。現在の所その最たる対象がソルティー・グルーナであり、問題なのは瑞姫が彼に関しては殊更感情的になってしまう事だ。
 にも関わらず、瑞姫は晃司のように動きはしなかった。どんなに否定しようと、自分達が人に関わる事の影響を、ちゃんと理解していたからだろう。
「じゃあどうするんだよ? 瑞姫の事。このままじゃああいつ絶対に……」
 だが、先に晃司が動いてしまった。
 おそらく我慢に我慢を重ねていた彼女の性格を考えれば、これからは逆に無茶をするかも知れない。
「止めるのが俺達の役目だ」
 晃司の憮然とした言葉を遮り、慧獅は分かり切った事を聞くなと付け加える。
「辿り着く前に壊れそうになったって言うなら、話は別だけどな。俺達に替えはあっても、彼奴には換えがない。下手をして彼奴の存在がバレたら事だ」
「お前、やっぱり冷たいよ……。俺には瑞姫は止められない、いや、止めたくない」
 言っている内容もそうだが、無表情に言い放つ姿も見たくないとばかりに、晃司は視線を逸らす。
 たった三人しかいないこの世界での仲間の気持ちは判りすぎるほど判っていたが、割り切れないのが人間としての自分の正直な気持ちで、出来ればそれを手放したくなかった。
 だから自然と口調は批難めいてしまった。
「お前は今の自分に満足しているかも知れないが、瑞姫は違うだろ? 何もかも自分の物差しで測るなよ」
「誰が気に入っていると言った!」
 慧獅は初めて感情を表に出し、声を大きくした。
 切れ長の整った顔立ちは、露出した怒りに冷たく凍り付いている。
「俺が心底此処を認め、気に入っていたら、俺が此処に存在する筈が無いだろ!」
「あ……」
「誰が好き好んで、あいつが嫌がる事を言うんだ。感情的になっても変えられない道だったら、折り合いつけて生きるしかないだろ。どう転んでもあいつが喜ぶ道が無いなら、誰かがあいつが泣く前に止めなければならないだろ!」
 慧獅の指が瑞姫の飛び出した扉を指さし、瞳は晃司を睨み付ける。
 同じ事を考えようと、同じ結論に達するとは限らない。晃司も慧獅もどちらも同じように瑞姫を心配してはいたが、そこから導き出される結論がどちらが正しいのか。
「何かをしようって言うのなら、総ての事に責任が持てる状態でしてくれ。少なくともこの事において、俺は責任を持つことが出来ない。何かが出来るって言うなら、お前達二人でやってくれ」
 その言葉を最後に、慧獅の姿は部屋の中から消え、何も言い返せなかった晃司だけが取り残された。
「……あいつが瑞姫の事好きなの忘れてた」
 心配するあまり、言動が手厳しくなる慧獅。
 その気持ちに全く気付かない所か、顔を合わせる事さえも嫌がっている瑞姫。
 どちらの味方になれば良いのか……。
「ったく、どうしてこう、顔見せれば直ぐに喧嘩になるんだろ」
“もう少し、言動に注意すれば良いのだろう?”
 一番言われたくない相手からの言葉に眉を寄せる。
「簡単に言うなよ。元はと言えば、今回の事は全部あんた等の所為なんだから」
“……申し訳ない”
“すまん”
 自分の頭の中で頭を下げる二人の存在にあほらしさを覚え、気持ちを切り替えたい晃司は、崩れ落ちた壁の修理に取りかかる事にした。

 手を翳し、そこに張り巡らした結界を取り除くだけの作業でしかなかったが。



 まさか自分が飛び出した後、晃司と慧獅までが言い合いになっているとは知らず、瑞姫は薄闇の街を通り過ぎ、人気のない外れまで歩いていた。
 近くに民家もなく、大声を出すには適している平地に到着するなり、
「馬鹿野郎ーーーーーーーーーーーーーっっ!」
 誰に対してなのか、一言だけ吐きだし瑞姫は満足した様に肩の力を抜いた。
「ふぅ……、怒った時にはこれが一番ね」
“瑞姫、ごめんなさい”
 儚げな女性の声が瑞姫に語りかけ、それを心底嫌だと思う。
「謝る位なら初めからやんないで。それに謝る相手が違うくらい、判るでしょ」
“でも、あの時瑞姫も納得してくれたのではなかったの?”
「冗談言わないでよ! 納得? 誰がするもんですか。あたしは何時だってあんた達のやり方は大嫌いよ。悪いと思ってるなら、あんた達だけですればいいのよ」
“それは何度も話をしたように、私達が出来るならしています。出来ないから、貴方達に頼るしかないの”
“瑞姫には私達の気持ちは判らないかも知れないけれど”
 声は部屋を出た時から二人分にまで減っていたが、それでも気分を害する存在には変わりない。
「判らないわ。判りたくもない! いい加減人を都合良く利用するのは止めてよね!」
“そんなつもりは……”
 声にはその覚えがあるのだろう、瑞姫の言葉に狼狽え、唯一の媒体手段である声を失いかける。
 ただ怒鳴ってばかりでは、充分に気持ちが伝わらない。
 瑞姫は一度深呼吸してから、今度は落ち着いた声で話を始めた。
「……判ってるわよ、あたしがあの時あんた達を止めなかったのは、彼と世界を天秤に掛けたからよ。そんな馬鹿馬鹿しい理由で、あたしはあんた達を反対しきれなかった。――でも本当は、そんなの間違ってる。間違ってるって判ったから、彼の為に何かあたしが、あたし自身が出来る事をしたい。それって間違ってる? あたしのする事はいけない事なの?」
 また流れそうになる涙を堪え、真っ直ぐな言葉を頭の中の住人に訴えた。
「普通、子供の喧嘩に親は出ないって言うけど、その逆よ。あんた達の喧嘩に、この世界を巻き込まないで。あたし達みたいな人間を二度と造って欲しくなかったから、あたしは此処に居るのに、どうして彼が……そんなの納得したくても、納得できないよ」
“瑞姫……”
「納得しちゃ駄目なんだよ……、絶対に…」
 今の瑞姫に沸き上がる感情は、怒りと憎しみと悲しみが同じ色を持って存在している。
 自分がこれからしなければならない事、してきた事が総て彼女の本意ではないとしても、必ず矢面に出なければならない苦痛があった。
「このままじゃあ、あたし自身に何の意味もない」
“そんな事はないわ! 貴方達がいなければ私達は……”
 声はそれ以上言葉を紡ぎ出せなかった。
 紡ぎ出す答えが、瑞姫の存在を否定する言葉と同等の意味を持つ答えだから。
「なら、あたしのする事に口をはさまないで。でないとあたし、二度と動けなくなりそうなの……」
 身の内に巣くう者達の真意を知りながら、瑞姫は気丈を装い言葉にした。
“判ったわ。貴方の気持ちを尊重します”
 共生、と一言にするには難しいかも知れないが、そう言う関係で成り立つからこそ、瑞姫の言葉に声は逆らえなかった。


 誰かの犠牲の上でないと存在を許されない、古の時代、神と呼ばれた者達。
 そして、その依代達。
 通じる思いを抱いてはならない存在が、彼等の妨げになっていた。





 深夜になってから壁越しに聞こえた微かな物音に、ソルティーは傍らに寄せいていた剣を片手に、扉の前に身を寄せていた。
 予想通りの軽率な行動が始まってから少しして、静かになった隣部屋の一人からの合図を聞いた。
「ソルティー、来たぜ」