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刻の流狼第二部 覇睦大陸編

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episode.9


 世界は、二つの世界に別れている。
 人の住む地上の世界と、そして精霊の住む精神世界は、表裏一体であり、平行にして並行の世界だ。
 遙か古の時代、その世界は共に存在し、調和の保たれた世界だと伝えられている。
 その世界が何故隔たれたのか、様々な憶測と推理がなされていたが、結果を出すまでには至っていない。
 そう、世界が隔たれたその瞬間より以前の歴史は、誰の目にも触れていないのだ。


 * * * *


「だーーっ、あったまきたっ! どうして、そう、考え無しに相手の気を逆なでするのよっっ!! この、甲斐性なしっ!」
 とある国の、とある一室に女性の怒鳴り声が響き、それは先日ハーパーの前に現れた青年に向けられていた。
「この場合、甲斐性なしは的確ではないな。良く言ってお節介、悪く言えば無謀が良い所じゃないのか? お前の知能に合わせれば」
「うっさいわね、あんた関係ないなら黙ってなさいよ!」
 自分達の間で、冷静に二人を観察しているもう一人の青年へも、彼女は遠慮なく言葉を荒げる。彼はそれに慣れているのか、何も聞こえないふりをする。
 二人とも年の頃は十代半ばから終わり位の、まだ若い人間だった。
「此奴等が何言っても、聞く耳持つんじゃないっていつも言ってるでしょ」
 彼女は後頭部で束ねた長めの黒髪を振り乱し、可愛いが少し勝ち気な目をつり上がらせ、青年の後ろを指し怒鳴りつけた。
 だがそこには誰も居ない。
「しかし瑞姫(みずき)、此奴等だって悪いと思ってだな……」
 大きな体を萎縮させ、青年は完全に圧されていた。
「此奴等のする事は全部、余計なお世話なのよ! だいたい、あんた自身が行ったらどうなるか位予想出来たでしょうが?! どうして晃司は、そうほいほいと言われた通りにするのよ! ああ、もう、信じらんない。あんたちょっと意志薄弱過ぎるんじゃない? もっと見た目通りに、男らしくどっしり構えなさいよっ!」
「今度は的確な言葉だな」
「……うっさいって言ってんでしょっ!」
「慧獅(けいし)止めてくれよ、これ以上瑞姫を逆なでするのは……」
 瑞姫の機嫌を損ねるのが余程怖いのか、晃司は何かにつけ茶々をはさむ慧獅に頼み込むが、矢張り彼はそれを聞き入れようとはしない。
 それどころか、
「怒りたい奴は怒らせておけばいい。醜い皺に気付いた時に、後悔するのは其奴なんだから。そうだよな、瑞姫ちゃん?」
 聞き間違えようのないからかい口調に、瑞姫より早く晃司が動いた。勿論退避する為に。
「何度言ったら気が済むのよっ! あたしは年下に“ちゃん”付けで呼ばれるのが大っ嫌いなのよ! それに、どうしてあんたはそうやって、何時も何時も人のする事にいちゃもんつけるわけ? 自分は何にもしないくせに。喧嘩売りたいなら買ってやるから、そう言いなさいよっ!!」
 怒りに震えながら慧獅に向けられた両手から、球状の光が生まれ一直線に慧獅の顔面に放たれる。
「“ヒステリー”」
 迷惑そうに呟きながら慧獅が片手を上げると、放たれた光の球は掌に触れる直前で目に見えない何かに弾かれ、晃司の避けた方へと向きを変えた。
「げっ?!!」
 晃司はとばっちりに慌てて避け、彼の後ろにあった壁は、轟音と共に大穴を開けた。
「一度くらいまともに相手したらどうなの、男らしくないっ」
 瑞姫は晃司や部屋の状況などお構いなしに右手に第二陣を用意し、整った慧獅の顔にのみ狙いを絞る。
「俺が攻撃出来ないのを知っていての言葉だとすれば、お前、根性悪すぎ」
「あんたより二億五千三百八十五倍くらいましな方よ」
「何処からその数字を算出したかは理解出来ないが、お前が怒ってる内容は理解出来た。瑞姫ちゃんは、晃司が自分より先に彼の所に行ったのが気に入らないんだろう?」
「お、憶測で言いがかりつけないでよね。あたしが怒ってるのは晃司の考えなさよ」
 動揺から消えた光の球を見なくとも、急に覇気のなくなった声色が、慧獅の言い分が正しいことを伝えていた。
 慧獅は皮肉を含んだ笑みを造り、晃司はより申し訳なさそうに全身に被った壁の欠片を叩き落とす。
「悪かった、彼奴の事は全部瑞姫の仕事だったよな」
 晃司にしてみれば、全面的な先走りだったと反省を込めたつもりだったが、選んだ言葉が悪かった。
「ソルティーの事を仕事だなんて言うなっ!」
“申し訳ない、我等が軽率過ぎた”
 姿無き声が瑞姫の頭の中に直接響いた瞬間、彼女の感情は頂点に達した。
「うっさい! あたしはあんた達の声なんか聞きたくないっ!!」
 彼女が叫びと同時に、部屋全体がギシギシと軋み震動する。全身に来る圧迫感に先に動いたのは慧獅だったが、それは晃司に向かった目配せだった。
 小さく頷いた晃司は片手を壁に触れさせ、もう片方を瑞姫に向ける。彼のその行為がどう働いたか目に見える物ではないが、部屋の震えは収まった。
 しかし、
“瑞姫、落ち着きなさい”
“そうよ、怒ったって何も解決しないよ”
“謝ってるだろう? もう少し心を広く持ってくれないか?”
 流れ込んでくる幾つもの声は、瑞姫がいくら耳を塞いでも響く。姿無き声が増える毎に、彼女の表情は苦痛を露わにし、指先、髪の先まで拒絶を表しているようだ。
 姿の無い声は、他の二人にも聞こえていた。ただ、これ程までの嫌悪感を抱いている訳ではないのは、二人の表情から伺えた。
「うっさいっ! うっさい、うっさい、うっさいっっ!! あんた達なんか呼んでない! あんた達の存在なんて認めてないっ。勝手に人の頭ん中で喚かないでよっ!」
 怒りから滲み出る涙を拭い、声を心の底から否定する。そこまでして漸く“声”は自粛を知ったようだが、時既に遅しだった。
「勝手に行動した晃司も、何もしない慧獅も、人の気持ちなんかぜんぜん理解しないあんた達も大っ嫌いっ! みんな、大っ嫌いよっ!!」
 瑞姫は感情を抑えきれずに、喉が張り裂けそうな声で全員への批難を残し、部屋から駆け出した。
 何処に逃げようとも、声は彼女達を解放しないのを知りつつ、それでも体が自然にそこから逃げ出すのを彼女は止められなかった。

「やっぱ、失敗だったかな?」
 勢いよく閉められた扉を眺め、晃司が細い目をより細める。
「お前の行動だけを言うなら、軽率だったと言うのは否めないな。こうなる事は、彼奴の性格や今までの事で、簡単に想像できていた筈だろ」
「そんな事言ったって、俺の所はお前ほど聞き分けが良くねぇもんよ。延々喋り続けられてみろよ、頭が変になっちまう」
 言い訳めいた言葉に慧獅は同情するつもりもない。
「俺とお前がどう違うのか言ってくれ。俺が全く気を遣わないと思っているなら、話は別だが」
“そうだ晃司、我等は他者との関係が煩わしい訳ではない。ただ徒に介入しては、我等の影響が必ずしも良い方向に進むとは思っていないからだ”
 慧獅の内の声は、彼と同じ落ち着いた声色でそう言った。
「瑞姫が思う通りに世界が変われば、それはそれで良い。しかし、現実はそうじゃない。人は幸福だけを食べる訳にはいかない。俺達の力はむやみやたらに此処の住人に関わっては駄目なんだ」