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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「いーやつだ! 型は古いけど、今じゃぁむちゃくちゃ金がかかるか、ぜったい作れないかのどちらかじゃないか? ……でも、形はほんとーはちがうと思う。多分全身よーの鎧をむりに今の形になおしたんだと思うけど、いーかげんなあつかいはしてない。だって、鎧がいやがってなかった」
 鎧の話になった途端、水を得た魚のように恒河沙は雄弁にそれを語りだした。
「何処で手に入れたと思う?」
「あれは、あいつのために作られたもんだ。それもとびっきり腕のいい職人が作った、たった一つだけの。まだあんなの作れる人がいるんだなあ」
「幾ら騎士だからと言って、そんな鎧造れるかなぁ?」
 須臾の疑問に恒河沙は眉を寄せ首を傾げた。
 国を警護する騎士にとっての鎧や武器は、消耗品でしかない。礼装用の高価な鎧もあるにはあるが、あくまでも実践向きに造られてはいない、役に立たない物だ。
 ソルティーの身に纏っていた鎧のように、実戦用で尚かつ高価な物は、そうそうお目に掛かれる物ではない。埃に汚れてはいたが、その鎧は恒河沙の目からも白銀だと確認できた。魔法を遮断する最高位の物質をふんだんに使った鎧など、須臾も産まれてこの方初めて見た。
「気になったんだけど、恒河沙からは見えなかったと思うけど、右の肩当てに国紋を削った跡が残ってた。国紋だよ? 信じられる? 騎士として一番に誇らなくちゃならない国紋を……。そこから彼は、騎士の立場として国を名乗る事が出来ない事が推測できるだろ?」
「……そうなのか?」
「そうなの! ――剥奪か、放棄か、それは判らないけど、何処の国が自国の誇りである国紋を刻んだ鎧の着用を許可する? あれは削り落とした位じゃあ消滅しない呪紋で描かれているのに」
「でも、そういうのって、下っぱだろ? ……ああ、そうか、あいつがそれだけをしてもゆるされる立場の人間だからか」
「やっと判ったか。ま、そう言う事。使命はある、でも国を名乗る事は出来ない。真偽はともかく、それが妥当だと僕は思うよ」
「んでもって、あれはあいつの鎧だから、あれを作れるだけの金を持つ」
「辛く見積もっても日々の暮らしに困る財力じゃないだろうし、いざとなったら国が後ろにいる。それが無理なら、あの鎧を売るだけでもかなりの額になる」
 金勘定の結果を打ち出した須臾に恒河沙も納得し、そっと須臾の肩越しからカウンターに座るソルティーの背中を見つめて、
「いがいとこの仕事、ばらもーけか?」
 単純にそう答えを出す。
「ぼろ儲け、な。あくまでも僕の推測通りに運べばだけどね。でも、僕としてはこの仕事、損得抜きで真剣にするよ。恒河沙もそのつもりで手を抜かないようにね」
「須臾?」
「恒河沙は気が立ってて気にもしなかったと思うけど、彼は一度たりとも僕達を傭兵以外の扱いをしなかった。いつもみたいに、お前の歳にも触れなかったし、その目の事も話に出さなかった」
 須臾が指したのは恒河沙の左目だった。傷を負った傭兵は幾らでもいるが、彼の特異とも言える瞳を気にする依頼者は少なくない。
 実際この目の色を理由に何度となく仕事を棒にしているし、口に出さなくとも嫌悪感を露わにする依頼者に恒河沙は我慢をしなかった。
「僕達を此処で一番の傭兵と紹介されて、信じてくれたから雇おうともしてくれた。そう言うの、どんなに胡散臭い相手でも、嬉しいじゃないか。まぁ、若干子供じみた感傷を含んでないとは言い切れないけど、初めてだろ? こう言うの。僕達を気に入ったって言うのは社交辞令なのは判ってるけど、そこまで言ってくれた奴は居なかったじゃない。それにさぁ、僕達を紹介してくれたの幕巌だよ? あの人にそう言って貰えた初めての依頼だよ、答えたいじゃないか」
 須臾の言い分は理に適っている。恒河沙にも充分それは重さの伝わる言葉だった。
「でも、おれのこと……ばかにした」
 しかし、心の何処かで承伏しかねる事もあった。
 何より須臾に自分の言い分を一つでも認めて欲しいのだ。効果は悪かったが。
「最初に喧嘩を吹っ掛けたのは?」
「………おれ」
「恒河沙が子供呼ばわりされたら?」
「ぶんなぐる」
「依頼を蹴る為に必要な事項は?」
「理にはんするおこない」
「さて問題です。この場合、正式な手順を踏もうと努力したソルティーさんの言い分と、恒河沙の言い分と、現在他に仕事がない事を比較してもたらされる結論は?」
「…………おれ、が、わるかった……かな?」
 良く出来ました、と拍手を高らかに鳴らす須臾に、恒河沙は完全にふてくされた表情を見せたが、須臾は再度の駄目押しを彼に食らわせる。
「覇睦大陸に行けるんだよ? しかも彼奴の金で。恒河沙は行きたくなかったのかなぁ? 自分で行くのって、すんごーく高いんだよ? それでも嫌なのかなぁ? 勿体ないよなぁ」
「う゛〜〜! い、行きてぇよ! ああ、行きたいですよ! ………くそったれっ!」
 テーブルに蹲り、恒河沙は捻り出すようにそれだけを言い、須臾は満足げにその姿を見続けた。



 恒河沙達が微笑ましい論議をしている頃、幕巌に前に戻ったソルティーの顔は疲れ切っていた。
『どうであった』
『………大丈夫、と、思う。確かに腕は良さそうだ。正式に契約するのは先になるが、彼等の気が変わらなければ、この国を出る直後に雇い入れようと思っている』
『そうか、それは重畳』
 椅子に戻るなり始まった他大陸の会話に、幕巌は自分の知っている単語を捜そうとしたが、結局彼が聞き取れたのはハーパーに教えられた“雇う”と“この場所”位だった。
 どうも彼等の使っている覇睦語が、自分が以前耳にした言葉とは違うように感じられたが、それが彼等の訛なのかどうかの判別は難しかった。
「なぁ、恒河沙は仕事を受けたのか?」
 一通り彼等の会話が終わったのを確認し、自分が知るべき事柄を問う。
 戻ってきたソルティーの様子を見る限り、彼が快く契約を成立させて帰ってきたのではないと感じたが、自分が保証するとまで言い切って紹介したのだ、無視するわけにもいかなかった。
 しかし、恒河沙の名前を聞いた途端、カウンターに置かれたソルティーの拳が堅く握られるのを見て、幕巌はまた恒河沙が何かを言ったのだと確信した。
「あのぉ……」
「なぁ、俺はどうも勘違いをしていたらしいから改めて確認させて貰うが、あの二人の問題は、性格か?」
 低く疲れ果てた声色で聞かれた答えを、幕巌はいとも簡単な頷き一つで納めた。
『やっぱり〜〜』
 引きつった呻くような声を挙げながら、ソルティーは崩れ落ちるようにカウンターに突っ伏し、小刻みに肩を震わせる。
「……あの、どうしたんです?!」
「心配しなくても、彼等は仕事を引き受けてくれたよ」
 心配だったのはソルティーの様子の方だが、これ以上何を言う雰囲気でもなくなった為、小さく漏らされた結果の報告に胸を撫で下ろす事だけにした。
『まだ……若いんだ……』
 言葉の意味は判らないが、その声は悲痛極まりないモノに聞こえた。


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