小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

刻の流狼第一部 紫翠大陸編

INDEX|7ページ/67ページ|

次のページ前のページ
 

 幕巌からすれば、この二人は何処を取り出しても常識が通じない。多分、何を忘れても、この非常識を地でいく者達は、死ぬまで脳裏にこびり付いているだろうと確信できた。
 何はともあれ、この日以降、三度に渡って店を破壊しては負けた者達の金銭を強奪し、二人は名実共にこの店の常連となり、傭兵としての仕事口を力ずくで奪い取った。

 二人がどういう素性の持ち主なのか、幕巌は未だに聞いていない。
 知りたいと言う気持ちはあるにはあったが、それは単に自分の好奇心でしかなく、彼等は幕巌にそれを許してはくれなかった。
 幕巌が知っている二人の事実は、年齢のわりには腕利きの傭兵である事と、彼等の憎めない人柄くらいかも知れない。



 最初にソルティーの目的が自分達だと気付いたのは、背中を見せていた須臾の方が早かった。カード遊びに熱中しすぎていた恒河沙が気付くのは、既にソルティーが彼等の顔形の確認を終わらせる事が出来る近さに来てからだ。
 それでも彼等がなんの反応も示さなかったのは、須臾にとって相手の意図が見えない内に自分から行動や思案を巡らすのは、無駄な消耗をするだけだという、至って経済的な発想から。但し、同じ事を考えて行動するには、彼の相棒の精神年齢はあまりにも低かった。
 どちらかというと、恒河沙の仕事に対しての意欲は、あまり、いや全く高くない。一度仕事を引き受ければ、それなりの仕事をするし本人の自信もあるが、それよりも前に、日々の喧嘩の方に充足感を感じてしまう、典型的な体力馬鹿だ。
 自分達に向かって近付いている男が、これまで自分達を取り巻いていた依頼主や同じ生業に身を置いている者達と、何かが違うと本能で感じ取れはしたが、須臾の様に相手の出方を待てる、そんな可愛い性格ではない。自分の悪い癖だとは知っていたが、自分から嗾け仕事を棒に振ろうとも、体力が発散できればそれで良かった。
 少なくとも今そこまで来ている男は、今まで以上の喧嘩が出来る相手だと値踏みして、相手が立ち止まるやいなやこうきり出した。
「おっさん、なんかよーでもあんのかぁ?」
 最大限の無理を強いながらも、やっと辿り着いたテーブルに立ったソルティーは、初めから自分を見ようともせずに喧嘩を売る言葉に、きびすを返そうかと本気で考えた。
 が、幕巌の顔を立てる為にも話だけでもして置かなければならないと、取り敢えずは気にしないように心を押さえ込んだ。
「ああ、そうだ」
 成る可く落ち着いた口調を心がけ、二人の間にある空席に腰を落ち着かせる。
 相変わらず二人の視界にはカードだけが置かれていたが、意識は自分達の携帯していた得物にあった。
 仕掛けられても、仕掛けても、それは何時でも自分の手の中にある。見掛けは兎も角、心構えだけはちゃんと出来ている傭兵なのだろう。
「俺の名はソルティー・グルーナ、用件は仕事の依頼だ」
「仕事ぉ? おっさんがぁ? おれたちにぃ?」
 初めて自分を見た恒河沙の目は、からかい半分挑発半分。
「あっ、恒河沙、それちょんぼ!」
「うそっ?! まじぃ?」
「マジマジ、大マジ。これで僕の五勝、今日の払いは恒河沙持ち決定!」
「ちくしょう〜、これでなん回目だよぉ〜」
 本気で悔しがる恒河沙と、嬉しそうに広げられたカードを集める須臾を眺め、ソルティーは二人の名前と顔を確認した。
 女のような顔を持つ者と、子供。
 無関心を装いながら、既に自分への探りは入れていた二人の腕に関心はしたが、やはりどこかで引き返せと囁いている。
「……で、話を聞く準備は終わったかな?」
「なんだ、まだいたのかよおっさん」
「俺はまだ二十七だ。おっさんと言われても構わない歳ではないと思っているんだが。それに、名前は名乗った筈だ」
「おれ十五だぜ、二十七なんておっさんもおっさんじゃん。で? どーゆー仕事かなぁ、おっさん」
 自尊心を傷付けない為に言ったソルティーの言葉は、恒河沙には逆効果だった。
 髭面で前髪をだらしなく下ろした、小汚い姿の者に年齢を判断しろと言う方が間違いで、恒河沙はこの事で彼が歳の事を気にしていると気がついた。折角相手の弱みを手にしたのだ、有効に使いたがるのが子供と言う者だ。
「おい、恒河沙」
 一応対面的な事で須臾は恒河沙を止めようとしたが、本心から止めようと思ってはいない。
「…………」
「早く言えよおっさん、こっちもひまじゃないんだから」
 仕事の内容を求めているわけではなく、喧嘩に持ち込む次の言葉を待っている。そんな見え見えの態度に、ソルティーは大袈裟に息を整えた。
「ソルティーだ。一度聞いた名前も覚えられないのか、ここの傭兵は。それとも俺の名前は君には難しすぎたのかな? そう言う事だったら、俺の事は騎士様とでも言って貰っても構わないが? 騎士、たった二文字だ、簡単だろう?」
「てめぇっ!」
「俺はこの店で一番の腕利きの傭兵だと教えられて君達の処に来た。認めたくはないが、君達が使い物にならない類の傭兵なら、別の場所に行かなくてはならない。俺としても、こんな事で君達を無能だと判断したくない。傭兵なら傭兵らしく話の筋道くらいは通して欲しいものだな」
 短絡的な怒りに身を任せようとする相手を前に、ソルティーは冷静に努めていたが、心穏やかでないのは当事者達ではなく、店で暇を潰していた者達だ。
 この一年で恒河沙が何度依頼者ともめ、何度店中をひっくり返す事になった事か。その度に巻き込まれ、財布を奪われる羽目に陥った者の何人かは、新参者が二人のテーブルに着いた段階で店を後にし、入るのを断念した者達がいる。
 残ったのは当然すぐにでも始まるだろう乱闘を楽しみにしている物好きか、本日初来店の者だけだ。
「……あとで、きっちりとかたをつけてやるからな」
 憮然とした面持ちで大半の期待を裏切り、意外にも恒河沙は浮かした腰を椅子に戻す。
 この汚らしい男を殴るのは簡単だ。しかしそうすれば、自分で無能さを認めたことになる。殴り飛ばしたい気持ちで一杯だが、仕事の事を出されては嫌でも耐える位は出来た。
「幾らでも。しかし、その前に仕事の話でもしましょうか、傭兵くん」
「このっ!」
「ソルティー、さんでしたね。この馬鹿は無視して貰って結構ですから」
 須臾が大声を出そうとした恒河沙の口に、食べ残しの香琳の実を押し込み、多少ばつの悪くなった笑顔を依頼者に向けた。
「仕事の話をしましょう! 少なくとも、僕は普通の傭兵ですから。恒河沙は黙ってなよ!」
「…………」
 須臾にすごまれ、渋々だが恒河沙もそれに頷いた。
 何処がどう普通の傭兵なのか問いただしたかったが、漸く訪れた交渉の機会を不意には出来ず、彼の言葉にソルティーは従う事にした。
「仕事というのは、唐轍までの道案内と俺達、向こうに座っている竜族が俺の連れのハーパー・ダブルと言うんだが、君達には俺達の仕事が済むまでの同行を頼みたい。勿論仕事の手助けもそれに含まれているが」
「仕事の内容は? 差し障りが無い程度までで良いですが」
 それに対しての答えは遅かった。
 テーブルに肘をつき、指で何度も顎を触る姿に、二人の表情も曇りを帯びる。
「言えない……、と、そう言う事ですか?」
「いや、そう言う訳じゃないんだが……」