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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「おう、そうじゃった、そうじゃった」
 言われて初めて思うだしたように、鈴薺が慌てて机の下に体を隠し、暫くして両手に重そうな箱を抱えて現れた。
「これを預かって欲しいのじゃ」
「それを?」
 箱はただの木箱で、それ程大きくはない。何を頼むかとソルティーがそれに近づき、表情を変えた。
「貴方という人は……」
 呆れたと言葉にするソルティーに鈴薺は声高に笑い、後ろの三人は表情を引きつらせる。
 鈴薺が開けた箱の中には、神殿地下に奉られていた宝玉と同じ物が納められていた。但し本物の。
「ずっと、此処に置かれていたのか?」
「そうじゃ。あまり知られては居らぬが、森の木で造った木箱に密閉して居れば、宝玉からの微量の理の力は吸収してくれる。外部からの探知はできんよ。それが例え竜族であろうともな」
 胸を張って答える鈴薺にソルティーは目眩を感じる。
「売り払った事も嘘だったのか……」
「ただ売っては勿体ないじゃろう? 火の車は事実じゃが、そのまま売っては損じゃ。じゃから、これを担保に融資してもろうたという訳じゃ。だてに歳だけくっとらん。しかしこのままではあの小僧の言う通りになりそうじゃて、返済が半分残っとる者には申し訳ないが、これは梨杏様と共に覇睦大陸に持って行く事にした。此処が無くなれば、証文なんぞ無効じゃ、無効」
「はぁ……、全員知っていたのか?」
 後ろを振り向き三人を見るが、梨杏でさえも先刻聞かされた事だと首を振る。完全に誰もが鈴薺の嘘に惑わされ、振り回された。
「老人の悪戯じゃて、もちっと心を広く受け止めんか」
「大司祭様の悪戯は質が悪すぎです」
 おそらく端雅梛は入信してからずっと、鈴薺の悪戯に悩まされて来たのだろう。そんなありありとした苦情に、当の本人は不服顔になる。
「相変わらず面白味の欠ける男じゃ。苑爲、いい加減この様な男は見切りを付けた方が良いぞ。このままでは老後に潤いが無い」
「お爺様は潤いすぎですっ!」
 苑爲にまで怒られ鈴薺も肩を落とした。
 取り敢えず全員が黙ったので、ソルティーは気を取り直して話をすることにした。
「しかし、俺が預かっても構わないのか? 誰か他の、信用のおける人物にでも頼むのが筋だと思うが」
「充分ソルティー殿を信用しての頼みじゃ。それにのう、情けない話じゃが、端雅梛が非力でこれを長時間持てそうもないのじゃ」
「大司祭様っ」
 引き合いに出され端雅梛が声を上げたが、どうも鈴薺の話は本当の様だ。
「のう、断ってくれるな。もしそなたが断ってしまったら、私は駄々をこねねばならん。この歳で駄々は言いたくないしのう……」
 この時点で充分駄々を言っているのに気が付かないのか、鈴薺は真剣にそう言い、周りは情けないと口々に呟き、ソルティーは頷かなくてはならなくなった。
 ソルティーの承諾に気をよくして、早速用意していた広めの布に木箱を包むと、それをソルティーに無理矢理押しつけた。
「おう、矢張り軽々と持ちよる。誰かさんとは違うの」
「…………」
 自分への当てつけの言葉を端雅梛は無視し、自分の荷物、そして苑爲と梨杏の分まで持ち、扉へと向かった。
「お爺様、では行って参ります」
「小父様、さようなら」
「気を付けて行っておいで。梨杏様はお心しっかりとおすごしを」
 まるで数日の別れの様な言葉を交わし、鈴薺は四人を部屋から送り出した。
 廊下へ出た途端、梨杏は涙を流し始め、苑爲も必死で泣くのを堪え、端雅梛でさえも苦しい表情を浮かべていた。
 鈴薺がわざと陽気に振る舞っていたのを、自分達の悲しみで壊したくはないと懸命に普段通りに振る舞っていただけだ。ただ、苑爲と端雅梛は、自分達は此処へ帰ってくると信じて、梨杏の事を思っての涙だった。

「なんか、えらい大じょたいになったな」
 端雅梛達と司祭、神官の数は全員で十二名になる。全員が身なりを変えての行動だが、彼等の持つ神聖な雰囲気は拭い去れない。
「擣巓を出るまでの事だ。それからは一応別行動だ」
 唐轍に入国すれば襄還宗が彼等を従える事になり、ソルティー達は同じ道を行くのだが、彼等とは一緒には行動できない。但し端雅梛と苑爲の事を考えて、着かず離れずの行動となるだろう。
「それにしても、恒河沙、須臾を見張ってくれと言っていただろう?」
「ごめん。やっぱ俺には無理だ」
 後ろの神官達に紛れて、相変わらず、いや以前より酷く苑爲にちょっかいをだしている須臾を振り向き、諦めた顔をする。
 一応出発する前に言い聞かせて居たのだが、完璧な女性となった苑爲を前にしては、須臾のたがは簡単に外れた。
「恒河沙、須臾に減俸と伝えてきてくれ」
「わかった」
 恒河沙が後ろに走っていって暫くすると須臾の悲鳴が聞こえてきた。その声をソルティーは溜息と共に聞き流す。



 唐轍への入国は滞り無く行われ、梨杏以下全員が襄還宗の僧兵に連れられての進行となった。
 ただ依然ソルティーの手元には、鈴薺から預かった木箱が有る。端雅梛はそれを襄還宗に奪われるのを危惧し、受け取りを跳躍場所に指定した。
 しかし、跳躍場所までの行程十日間の丁度半分を消化した日の夜、端雅梛と苑爲がソルティー達の宿に訪れた。
 突然の来訪に疑問を抱えて扉を開けたソルティーの前には、僧服に身を包んだ二人が居た。
「少しお話が有ります。入っても宜しいですか?」
「ああ」
 何かを決意している二人の顔つきに、ソルティーは話の内容を理解して中に導いた。
『我は退出しようか?』
『いや、居てくれた方が良い』
 ハーパーは二人の為に身を壁に寄せ、主の言うままに三人の話を聞くことにする。
「私達はこれから擣巓に戻ります」
「……鈴薺の考えなどお見通しだった訳だな」
 ソルティーの言葉に二人は少し笑みを零した。
「はい。私が梨杏様の付き添いに選ばれた時点で、察しはつきます」
「このまま行けば、必ず貴方に連れて行かれるのも判ってますから、私達は此処で帰る事にしました」
「このまま帰れば、どんな事になるか判っての言葉の様だが、それで構わないのか?」
「ええ、それは苑爲……いえ、香遠と二人で決めました。大司祭様のお心遣いを無駄にする事となりますが、このままでは本当に私達は自分達の境遇から逃げてばかりになってしまいます。私達二人が帰った所で何かが変わるとは思いませんが、それでも何かを変えるのなら、私達はあの場所で何かをしなくてはならない筈です」
 苑爲の手を握り締め、端雅梛は決意に満ちた言葉を出す。
「決心は固いようだな」
 端雅梛の手を握り返した苑爲も、全く不安を見せていない。
 二人にとって何が一番大事なのか、その結論は出ているのだろう。此処で他人が何を言っても二人の決意を揺るがす事にはならないと感じ、無駄に言葉を浪費するのはやめにした。
「で、預かった物は、直接梨杏に渡せば良いのか?」
「いえ、その事なんですが、梨杏様と話をした結果、それはソルティー様にお渡し致します。梨杏様にお渡ししても、恐らく襄還宗に奪われます。ですから、それはソルティー様のお好きになさって下さい」
「一寸待ってくれ……」
 この申し出には流石に困惑して、言葉を無くしかけた。