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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 その言葉を聞き、須臾はにんまりする。誇張した部分も上乗せするつもりのその顔は、傭兵と言うよりは商人に近い。
「それはそうと、お前が帰ってきたら聞きたかった事がある」
 足を組み替えるソルティーは俯き加減に須臾に視線を送り、「何が言いたいのか判るな」と訴えるようだ。
 そして充分に判っている須臾は、顔を少し引きつらせた。
「やっぱり行った?」
「来た。どういう事だ、説明して貰おうか」
 怒っては居ないが、快く思っている訳ではない言い方に、須臾は頭を掻いて愛想笑いを浮かべる。
「あいつね、独り寝が出来ないの。まだ精神年齢低いから、人肌が恋しいってやつ? 僕もどうにかしたかったんだけど、誰も居ないと寝れなくなるらしいんだ。例しに前に三日空けて試してはみたんだけど、一睡もしなかった、って言うか、出来なかったみたい」
「そういう事は予め言って置いてくれ。突然部屋に押し掛けて、訳を聞いても自分は知らないと言うし……。なら、あれは矢張り嘘か」
 昨日の庭での事に怒ったままの恒河沙が、結局夜になったも部屋に来なかった事で、何となくだがそういう気はしていた。
「そりゃ恥ずかしいでしょ。子供扱いされるの極端に嫌ってるし、あんたの側で寝れるとも思って無かったんじゃない? 初めは」
「どういう意味だ?」
「あいつ人見知り無茶苦茶激しい訳じゃないけど、直ぐに懐く方でも無いからさ。あんたの事気に入ってるみたいだし、今回だけは大目に見てくれないかな?」
 須臾は両手を合わせて拝んでくるが、ソルティーは内心はかなり戸惑っていた。
 傭う者と傭われる者の関係は、嫌われても親しくなりすぎても問題が生じやすい。須臾のように大人として割り切ってくれるなら良いが、子供相手では話にならないのだ。
「まあ僕が居る間はそっちに行く事も無いだろうから、安心して」
「そうして貰える事を切に願うよ。しかし、もう無いだろうな? 仕事は上手く仕上げてくれたは良いが、お前達はそれ以外に置いては始末の悪さが目立つ。一月やそこらの仕事では無いのだから、もう少し雇い主に楽をさせてくれないか」
 初めて自分が雇い主だと誇示する言葉を使ったのは、ソルティーの切実さからなのだろう。だからこそ流石に須臾も反省する。
 彼の性格から、自分の居ない数日間に、どれだけ恒河沙を気にしながら行動していたのかは考えられたし、恒河沙が彼の側から離れなかったのも事実だろう。
 となれば、干渉されたくない事柄を恒河沙から引き離す事に、本来使う筈ではない気を、どれだけ彼が使わなければならなかったのか。簡単に想像しただけでも同情に値する。
「ん〜〜、生活面での事はもう無いと思うけど……」
 遠くを見ながら須臾は言葉を濁した。
 自分同様に須臾にしろ恒河沙にしろ隠し事が多いのだと判る雰囲気に、ソルティーは無理に言葉を継ぐ事はしなかった。
「まあ良い。恒河沙の事は、お前が面倒を見れば良い事と言う事だろ? ならそうしてくれ。これ以上何か有るようなら、迷惑料を差し引く。話は終わり、帰ってくれ」
 給金天引きの言葉に須臾は顔色を変えたが、取り付く暇もない態度に言葉を失い、そのまま何も言えず部屋から追い出された。
 言いたくもない事を言ってしまったソルティーは、扉が閉じられるのと同時に溜息を吐き出す。
 主従関係で彼等を自分の下と見なしたくなかったから、今までそれなりに壁を造らずに共に旅を続けていたが、その行為が裏目に出てしまった気がする。彼等の仕事のし易さを優先させようとしていた筈が、結果として自分の身動きのし難さに繋がったのは考えるまでもない。
 これ以上の干渉がこれからの事にどう響いてくるか、考えれば考えるほど気が滅入ってしまう。
『……疲れる』
 最後には言葉通りの表情でもう一度溜息を吐き出し、気分転換に部屋から出る事に決めた。





 鈴薺が告げた通り、擣巓と唐轍間で秘密裏に国家間交渉は行われ、それは藩茄螺率いる襄還宗が総てを手配した。どのような取引が有ったかは聖聚理教には一切流されなかったが、襄還宗を糾弾しようとする動きは、鈴薺ともう一人の大司祭が止めた。
 王城には阿倶頭とその后を残し、王子二人と王女一人が早々に唐轍に送られた。勿論王子達を囲む総てが襄還宗の僧兵達で固められ、王城には“影”が用意されての事だ。
 ただ神子である梨杏だけは、藩茄螺の言葉に従う事は出来ないと、送り役半数を聖聚理教が出す事で合意された。
 しかしそれも跳躍場所までの話だが。
 何処まで以前から纏まっていた話かは判らないが、周りが考えている程、鈴薺と藩茄螺の思惑に隔たりは無かったのだろう。
 どちらも王とその一族、そして神子を巻き込みたくはなかった。
 擣巓の民としての誇りと、神子を頂点として始まった信仰、聖聚理教とそこから産まれた襄還宗としての誇り。弱者の救済を第一とする両者の言葉に反する争いであっても、この誇りだけは捨て去る事は出来なかった。
 たった一人の神子の死が引き起こした諍いであったとしても、その当事者が引き下がれない立場である限り、回帰間が明けると同時に戦は始まる。
 幕巌が言葉違わぬ働きを納め、敦孔伐その他の国の動きを制し、襄還宗が勝利を収めたあと、梨杏は襄還宗の神子となる。
 それは藩茄螺の意とする事では無いのかも知れないが、襄還宗が聖聚理教から産まれた宗教である限り、逃れならない宿命なのだろう。

 須臾が幕巌に襄還宗との会合の成功を知らせてから直ぐに、奔霞の傭兵団は北に向かった。敦孔伐も襄還宗の裏切りに対しての行動を始めた。
 戦の炎は刻一刻と擣巓を包み始めたが、それを知る知らないは兎も角として、街の雰囲気は変わる事は無かった。
 天駕縊の街には何時もと同じように静かに、そして活気に溢れる。
 住人の殆どが聖聚理教の信仰者であるからか、総ての出来事に抗わず、総てを有るがままに受け入れようとするその姿は、矢張りソルティーには理解できない。
 しかし今の幸福に身を包み今を生きようとする人々を目にすると、それもまた人の自由意思の表れなのだと思う。

 天駕縊最後の日、待ち合わせの神殿裏に居たソルティー達だったが、神官にソルティーだけが呼ばれた。
 鈴薺からの呼び出しに彼の自室に向かったソルティーを待っていたのは、呼び出した本人と端雅梛と苑爲、そして梨杏だった。
 旅支度をしての服装なのか、それとも身を隠す為なのか、鈴薺以外の格好はどう見ても街の若い夫婦とその子供に見えた。
「唐轍からは襄還の者と合流致すが、それまではこの方が人目を気にする事も無かろうて」
「ソルティー様、私可愛い?」
 クルンと自分の前で一回りして見せる梨杏に、ソルティーは笑顔で頷いた。
「あ、あの、私も女性に見えますか? 変に思われませんか?」
 真剣な苑爲は、長い髪の鬘までかぶっての変装だった。
「大丈夫。何処から見ても可愛いお嫁さんだよ。そのまま結婚式でも済ませれば?」
「ソ…ソ、ソルティー様っ」
 真っ赤になって狼狽える苑爲の後ろで端雅梛まで赤くなるが、鈴薺は面白くないと言った表情でソルティーを睨んでいる。
「で? 俺にこの姿の評価をさせる為に、わざわざ呼び出した訳では無いだろう?」