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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 人質に取られた自分を心配する鈴薺に、梨杏は震える声で謝った。
 そうして神殿内には、今までに感じられなかった程の緊張感が漂い始めた。
『おい小僧、梨杏様を解放しろ。その様な幼子を人質にするとは卑怯ではないか』
『うっさいわねっ! こっちはこっちで理由があんのよっ!』
 満身創痍の二人の姿を見れば、何が下で起こったのかソルティーには何となく理解できた。
 しかし人質の事を考えれば、迂闊な振る舞いも出来ない。
『お兄ちゃん、さっさと仕事しなよ。此処はあたしが押さえて置くから』
『……馬鹿が』
『えっ?』
 少年の両手がミシャールとベリザに触れ、二人が梨杏を連れたまま少し離れた場所まで飛ばされ、少年も後を追い姿を移した。
 その直ぐ後くらいに、恒河沙達が全速力で廊下を駆け抜け、漸く台座の下まで辿り着いた。
 苑爲は息を切らし、端雅梛は肩の包帯を血で濡らした姿で。
 そんな三人が地下から出てきて見た光景は、全く想像していない光景だった。
 知らない少年が顔つきも険しく、ミシャールに説教をしている姿だった。
『ミシャール、どういう訳だ? その剣に着いている血は彼のだろ?』
 端雅梛を指し、少年はミシャールを冷たい目で見つめる。
『だって仕方なかったのよ、あいつが、だぁーって急に飛び掛かってくるから、あたしもきゃーって避けるつもりが……剣がぐさって……、本当なの、斬りつけるつもりなんて全然なかったの、信じてよぉお兄ちゃん〜〜』
 慌てて取り繕う言葉は完全に無視され、ミシャールは涙目になる。
『どうして、彼が飛び掛かってきた。どうしてお前はこの子を捕まえて居るんだ?』
『そ……それは……』
『ベリザもどうして止めなかった。何の為にお前に妹を任せたと思ってるんだ』
『申し訳ない』
 ベリザは無表情で頭を下げ、そのまま上げなかった。
 情けないと言い捨て、少年はミシャールから短剣を取り上げ、梨杏を捕まえていた腕も丁寧に解放させる。
『ごめんね、怖かっただろ? 向こうに帰って良いよ』
 触れた少年の掌越しにその言葉を受け取り、鈴薺の方に背中を押されて梨杏は駆け足で其処から離れた。
 その一部始終を呆然と見ていた者はソルティーを除き、このちぐはぐな会話に頭を混乱させていた。
 言葉は理解できなくても、ミシャールとベリザが年端もいかない少年に怒られて、本気で気落ちしているのが判るからだ。
 そんな周囲の反応などお構いなしに、少年は一通りの説教を仲間二人に言い終えてから、やっとソルティー達へと顔を向けた。
『皆さん、大変ご迷惑をお掛けして申し訳在りませんでした。本来、人質を取ることも、人様に怪我を負わせる事も、俺の流儀に劣る事なのに、俺の馬鹿な妹がそちらの方に傷を負わせてしまった』
『いもーとぉ?!』
 確かにどことなく似ている二人に血の繋がりは感じられるが、どう見ても弟にしか見えない少年の言葉に恒河沙が大声を上げ、少年はそれを言った者の顔を見ると一瞬だけ目を細めたが、直ぐに笑みに変えた。
『妹です。まあ、そんな事はどうでも良い事です。これでも俺達は誇りを持って仕事をしている。だから、今回の事は俺達の負けと言う事。此方もお返しします』
 ベリザが持っていた偽の御神体に触れ、それを消すと鈴薺の足下に送った。
『しかしただ引き下がるのは、やはり流儀に反する。日を改めて仕切り直しと行きましょう』
 そう自信を持って語る少年に、鈴薺が言葉を繋いだ。
『それは無用じゃ。もう此処には精霊の涙は無い』
 梨杏が戻ってきてホッとしたような、もしくは飽きてしまったような言い方が、シンと静まった神殿に響いた。
『救済や奉仕と言う物に、どれ程の金が掛かると思う? 寄付で成り立つ程甘くはないんじゃよ。私が今の役職に就いた時には、此処の台所は火の車じゃった。それはもう大火事だった。だから私はあれを売り払った。但し、入手がやばい物なので、細かく砕いて売ったのじゃから、見付けようにも見付ける事は出来まいて。信じられんのなら、この像は持って帰っても構わんぞ。安い物じゃて』
 飄々と悪びれる事もなく話す鈴薺に、少年は力が抜けそうになる。
『…では、そのこれ見よがしの像の封印は何なんだ』
 像を指さし、それに施された力の封じ込めの呪紋と、それを隠す呪紋を鈴薺に問う。
『年寄りの悪戯じゃ。二重くらい仕掛けを造らんと、捜す方が楽しくなかろう? まあ、此方の方には簡単に見破られて居ったがの』
 最初は楽しげに、最後は悔しそうに鈴薺は語った。
『何なら、今から神殿中を探してみても良いぞ? 出てくるのは、借財の証書ばかりかも知れんがな。ハッハッハッ』
 鈴薺は本気で楽しそうに高笑いしたが、勿論他に同じ様な気持ちにはなれやしない。
『馬鹿馬鹿しい、なんて事だ、こんな年寄りに俺達が良いように遊ばれていたなんて』
 額を押さえ苦悩する少年を、言葉の理解できた者達が哀れんだ視線を送った。
 この場に居る全員が鈴薺に振り回され、端雅梛は怪我まで負わされたのだ、情けないにも程があるだろう。
 だが一頻り苦悩した少年は、溜息一つでそれを振り払った。
『仕方ないな。二人とも帰るぞ』
『ええ〜〜、でもぉ……。判ったわよ、其処のくそガキっ! 絶対あんたの事忘れないからねっ! んで、何時か絶対にぶっ殺してやるんだからっ!!』
『出来るもんならやって見ろっ! でもな、その前に体重減らせ、極太太もも馬鹿女っ!』
『こんのぉぉ……』
『ミシャール!』
 怒りで拳を振り上げた瞬間、ミシャールは少年に触れられ掻き消された。続いてベリザの姿も消え、少年だけがもう一度、恒河沙を見つめながら言葉を発した。
『多分、何処かで必ずお会いすると思いますが、その時は出来れば敵でない事をお願いしますよ』
『ふざけんな』
 恒河沙の言葉を聞く前に、少年の姿は消えた。
 完全に気配が無くなった三人が居た場所を眺め、暫くしてから全員がほっとした溜息をつき、端雅梛がその場に崩れ落ちる。
「端雅梛!」
「大丈夫……気が抜けただけだ」
 しかし、包帯にしていた布に滲んだ血は止まる様子ではない。
「こりゃ医術師が必要じゃな。梨杏様、申し訳ないのじゃが医術師を叩き起こしてきてはくださらんか?」
「判った」
 元気の良い返事をして梨杏は駆け足で神殿の廊下に向かう。
 端雅梛の回りに四人が集まり、恒河沙が血に染まった布を外しながら、
「ごめん、俺が走らせたから」
「君が謝る事はない。これは私の責任だ」
「しかしお主がこの様な無茶をするとは思わなんだ」
「私自身もそう思ってます。ただ、気が付いた時には体が勝手に動いていました」
 普段では見ることもない穏やかな面持ちで端雅梛は語り、自分を見下ろしていたソルティーに顔を上げる。
「前に言われた貴方の言葉を、漸く私も知ることが出来た。確かに、逃げ出しているばかりでは何も護る事は出来ない」
 ありがとう、と最後にそう小さく付け加え、照れくさそうにまた顔を俯かせた。
 今までどれだけの事に身を背けていたのか、たった一晩にも満たない間に気付かされ、端雅梛は自分の事しか考えられなかった今までを振り返らされた。