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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「ごめん、あんたに何かあったら、俺、ソルティーにしかられる。だからごめん」
 精一杯に恐れを我慢している梨杏に恒河沙は首を振り、彼女の努力に報えない自分に腹を立てる。
『ベリザ、今の内に早くオレアディスの涙取ってきてよ』
『そんな事すると、シャリノ怒る』
『ああああっ、今はそんな場合じゃないでしょう! 良いから早く取ってきなさいよっ!』
 大声でベリザを捲し立て、仕方なくベリザは宝玉を台座から取り外し、ミシャールの横に戻る。
 その一部始終を恒河沙達は忌々しく見つめるだけしか許されず、ミシャールはそれを胸の空くような気分で見下げた。
『じゃあねくそガキ、今度会ったら絶対殺してやるから』
『てめぇこそ、今度会うまでにもう少し痩せて見ろ、ご・く・ぶ・と』
『ふんっ、負け犬の遠吠えにしか聞こえないわっ!』
 額の青筋を増やしながら恒河沙を怒鳴り、ミシャールは廊下へと後退していく。
『良い、動いたら、この子は短い生涯になるんだからね』
「皆さん、ごめんなさい」
 泣くのを我慢し、引きずられながら梨杏が頭を下げ、その姿を完全に扉の向こうに消し、丁寧に扉まで閉められた。
「くそっ!」
 閉められた扉を忌々しく開けると、其処には巨大な迷路が広がっていた。
「やっぱ、だめか……っと、あんただいじょーぶか?」
 振り返り、すっかり忘れていた端雅梛に恒河沙は駆け寄った。
「大…丈夫だ……」
 僧服を血で染めながらの言葉ではないが、命に関わる怪我ではないのに胸を撫で下ろし、恒河沙は端雅梛の横に膝をつくと、僧服を勢いよく破り怪我を見る。
「ああ、ホントだいじょーぶすぎるくらいだいじょーぶ。なああんた、その上着の下ぬいでくれない? 手当するから」
 苑爲の服を指したのだが、断ったのは端雅梛だった。
「駄目だ、苑爲は関係ない」
「かんけーないもなにも、一応おーきゅーしょちはしとかないと、失血でやばくなるぞ。だからほーたいつくんの」
「良いです、脱ぎますから待って下さい」
「苑爲……」
 帯を解き、上に重ねていた僧服の二枚を脱ぎ恒河沙に渡す。
「あんがと」
 受け取った服を切り裂き、包帯の代わりに端雅梛に巻き付ける。
 薄い僧服のシャツから浮き出た苑爲の微かな胸の膨らみには、全く気付く様子はない。
「……手慣れたものだな」
 嫌味でもなんでもなく、止血し傷が広がらない様に布を巻いていく仕種の手際の良さに感心する。
「まぁな、こういうのって仕事がらおぼえないと、どこにも行けないだろ? 医者がどこにでもいるわけじゃないし。……しっかし、どうしようかな、早いとこ上に行かないとまずいよな……」
 端雅梛の腕を固定しながら、上のことを心配する。梨杏の言った事が本当なら、上にも盗賊が居ると言う事だ。何人居るか判らない今、ソルティーを信じていても心配になるのは当然だ。
「あの……私が案内できます」
 小さな呟きに、二人は一斉に苑爲を見る。
「ホント?」
「はい」
「どして?」
 単純な疑問だ。
 ソルティーから前もって此処の話は説明されていたから、ただの神官見習いの言葉に疑問を持つくらいは恒河沙にでも可能だった。
「私も神子だから……」
 苑爲の言葉に、端雅梛は奥歯を噛み締める。
「みこ? 女の人?」
 そんな説明を前にされたような気がする。
「え……ええ、そうです」
 今更隠す事ではないと苑爲は思い、心を決めてそう言った。
「……あ、ホント」
 苑爲の胸に手を当てて恒河沙は真面目に頷いたが、その手は端雅梛に力一杯払われた。
「何だよ……あのじじいが確かめるにはこれが一番だ、って言ったからしたのに……」
「お爺様……」
 苑爲は恥じ入るように真っ赤になった顔を俯かせてしまった。
「これで大丈夫、動かさなければ血も出ないから、上に行こうか?」
「ああ、ありがとう、余計な手間を掛けさせて済まない」
 苑爲の肩を借りて立ち上がると、端雅梛は恒河沙に頭を下げた。
「いいよ俺、とっさだったからあんたかばえなかったし。それより、早いとこあいつら追いかけよ」
「はい。今、開けます」





 オレアディスの像の前で、ソルティーの剣が何もない空間を切り裂く。
『どうして判るんだ?』
 少し離れた場所に姿を現した少年は首を傾げる。
 何処で消え、何処に現れても、目の前の剣士は自分の場所を察知して、オレアディスの像に触れる事が出来ない。
 一進一退の時間は随分と過ぎ、二人とも展開のないこの状況に焦りを感じていた。
『計画通りにはいかないものだな。でも、かと言って、目の前に在るお宝をみすみす見逃しては、義賊の名折れだ』
『義賊とは過大評価したものだな?』
 剣は構えず、相手の出方だけを伺うソルティーも、少年の動きを阻止するだけしか出来ず、いい加減うんざりしていた。
 どういう手を使っているのか、少年の短距離跳躍は何の呪文も用いられていない。自然に消え、そして現れる。この動きでは、迂闊にオレアディスの前から動く事も、攻撃に転ずる事も出来なかった。
『何も始めから義賊だと名乗った覚えはないけど、人に信頼されて、そう呼んで貰える事が俺達の信条だ。それに恥じない様にしているって事だよ』
『その義賊が、信仰の拠り所を盗むのか?』
『痛い所を突くねぇ。全くその通りだけど、此処はもうすぐ無くなるんだろう? そうなればオレアディスの涙がどうなるか、あんたも想像できるだろう? 業突張りの馬鹿の調度品になるか、どっかの宝物庫に入れられるかだ。それよりも、俺がリグスに持ち帰って、金が無くて死にそうな奴を助けた方がましってもんだろ? 元々はリグスの物なんだしよ』
 ソルティーと一定の距離を保ちつつ、気軽な話を続け次の手を考える。
 恒河沙と対峙した二人同様に、彼もまた争いを避けて目的だけを遂げたかった。
『それはなかなかのご高説だが、生憎それを俺が知る術は無いのでな、信用する事は出来ない』
『やっぱりな。仕方ないか』
 少年の手が並べられた長椅子に触れる。
『だったら趣向を変えよう。――さて、これが避けられる?』
 床に打ち付けられた椅子が消え、ソルティーの上に現れた。
『凄い、手品だなっ!』
 両手で剣を握り締め、長椅子を両断するが、割れた椅子の向こう側に見えた視界から少年の姿が消え、咄嗟に感じた少年の出現地点に目を向ける。
『甘いよっ』
『……っ!』
 少年の気配を捜す一瞬の隙をついて、ソルティーの横に長椅子が現れ、切り捨てられる余裕もなく、避ける為に横に一端体をずらした。
 そしてその隙を少年が見逃す筈はなかった。
 オレアディスの像の後ろに姿を現し、その手を像に触れ様とした瞬間聞こえた声に少年の動きは止まった。。
『お兄ちゃんっ!』
 足下からの声に、少年は驚いて下を見る。
 そこには得意満面の笑みを浮かべたミシャールが、台座の穴から顔を出していた。
『お前どうして……』
『ごめん、下に強いのが居たから』
 梨杏を抱え這い出してきた妹に、少年は少し表情を堅くした。
 ミシャールの後ろに続いてきたベリザの手に持つ宝玉を見ても、その表情は変わらない。
「梨杏様っ!」
「小父様、ごめんなさい。私が勝手な事をしたから……」