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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「どうしてこの様な事を、傭兵などに頼らねばならないのだ。盗賊如きが此処を通り抜けられる訳も無いのに」
 独り言の様相を呈していたが、声音の大きさからも明らかな嫌味だ。
 こんな場所で喧嘩でもされては堪らないと、ソルティーは内心焦ったが、意外な事に恒河沙は大人しくしていた。
 初めは無理して我慢しているかとも考えたが、いつもの悔しそうな顔もしていない。彼が何を考えているのかまでは判らないが、少なくともこれなら大丈夫だと思っていると、また端雅梛の嫌悪を含んだ声が聞こえた。
「神が私達を見捨てる筈がない。この様な事も神が見て居られるのだ、事が成される筈がないのだ。いつの日か傭兵等という野蛮な者など駆逐された世界を、神が創り出してくれる」
 おそらく彼は、種族としても今の地位としても、誰かに無視された事など無いのだろう。そして食って掛かってきた者を下賤の輩と決めつけ、己の自尊心を保ってきていたのだろう。
 ソルティーは稚拙な誤魔化しでしか前に進めない彼を哀れに思うと同時に、それでも彼の言葉を許せないと感じた。
 これ以上侮辱する言葉を並べるなら、傭兵を傭った者としての責任を果たそうと考えた時に、恒河沙の声が聞こえた。
「ならそれを信じてれば?」
 思いもよらない恒河沙の言葉に、ソルティーも驚いて見下ろしたが、恒河沙の顔は楽しそうに笑みを浮かべていた。
「あんたが神さまを信じてるみたいに、俺はこいつを信じてる」
 恒河沙の手が、信頼を露わに大剣を叩く。
「あんたがこれを信じないかわりに、俺もあんたの神さまを信じてない。どっちが正しいなんて、俺にはわかんないけど、それでいいんじゃねぇの? あんたにはあんた、俺のは俺の信じるものがあるってことだけで」
 恒河沙から放たれる言葉は、間違いなく彼の言葉だった。須臾も幕巌も教えていない、彼だけの言葉。
「あんたもあんたの神さまに命あずけてんだろ? 俺はこれに命あずけてんだから、俺の仕事に口をはさむのなしな」
 誇りを持って話す恒河沙に対する端雅梛の言葉は無かったが、それ以上端雅梛は何も喋ろうとはしなかった。
 同じように黙って聞いていたソルティーの顔には、隠しきれない笑みが浮かんでいた。
 よくよく思い出してみれば、須臾も幕巌も心配していたのは、恒河沙の子供らしさだけだ。傭兵としての彼を何ら心配はしていなかった。
 傭兵としての心構えが出来ているのとは違うのだろうが、抱いていた不安が一瞬で消え去った事は確かだった。

――これなら一人でも大丈夫だな。



 御神体の奉られた部屋に五人が到着するやいなや、恒河沙が我先にと御神体前に陣を決める。その脇を端雅梛と苑爲が固め、ソルティーだけは梨杏と扉の側に居た。
「何時上に戻る?」
「ええっと、日付の変わる前に。私が此処にいてもお邪魔でしょう?」
 その後「朝から迎えに来ます」と付け加えるつもりだったが、ソルティーの呟きが台無しにしてくれた。
「その時は俺も戻るから」
「……判りました。――知ってたんですね」
 他の者達には聞こえないような小さな声で話す梨杏の口は、つまらなさそうに尖っている。
「じゃ、その時になったら教えてくれ」
 ソルティーは少しだけ気落ちした梨杏から離れると、今度はやる気満々の恒河沙に歩み寄った。
「恒河沙、もう少ししてから俺も梨杏と上に帰る。一人でも大丈夫だな?」
「ええ〜〜〜。どうしてぇ?」
「梨杏一人で帰らせるのも危険だろ? それに、少し気になる事がある」
「なに?」
「それは後で話す」
 耳打ちしながら端雅梛に一度視線を向けると、あちらも多少は緊張した表情ではあるものの、かなり気概を感じさせる目をしていた。
「それとも一人じゃ不安か?」
「うっ……。ちがう。俺一人でもできる、だいじょうぶだ」
「なら此処はお前に任せた。多分盗賊はそれ程お前を待たせないよ、だから思う存分暴れてくれ」
「うん」
 いきなり一抜けされたのは腹は立つが、「任せた」と言われたのは初めてで、本気で嬉しかった。しかも思う存分に暴れても良いなんて、須臾でさえも言ってくれない台詞だ。
――でもせっかく、俺の大かつやくを見せれると思ったのに、ちょっとつまんないぞ。
 ソルティーが単純に楽をしようなんて考えではない事は、彼の言葉や仕草で感じられた。ここで本音を言った所で、彼をまた困らせるのは目に見えている。
 恒河沙はちょっとだけ残った複雑な気分で梨杏の元へ戻っていくソルティーの後ろ姿を見つめた後、気持ちを切り替える為に大剣を背中から下ろした。

「ではソルティー様、行きましょ」
「判った。恒河沙、後は任せた」
「おう!」
 片手を上げて元気良く応える恒河沙に頷き、ソルティーは梨杏と共に廊下へと出て扉を閉めた。
 恒河沙は兎も角、他の二人はかなり驚いた表情を浮かべた。
 特に端雅梛は内心では非情に狼狽えていたが、事情を聞くにも自分から傭兵に話しかける事は出来ず、結局はただ考え込むだけになってしまった。

「何時から気付いてたの?」
 長い廊下を歩きながら、梨杏はソルティーを見ずに話出す。
「あの御神体を見た時にね」
「結構良い出来だと思ってたのにな。残念……」
 端雅梛や苑爲が居ないからか、梨杏は子供らしい言葉遣いに戻って、少し拗ねた様子だった。
 この仰々しい仕掛けに護られた御神体が偽物である事は、おそらく此処を通れる者だけしか知らされていないのだろう。
「小父様がっかりするだろうな、自信作だったし」
 その言葉通り、今恒河沙が守っている御神体の出来は素晴らしかった。
 力の揺らぎはもとより、発光の仕方も寸分違わぬ宝玉だと思わせるには充分の出来だろう。大抵の者ならば騙し通せるし、実際に端雅梛は今でも本物だと信じて疑わずに護ろうとするだろう。
 ただそれは、本物を知らない者にとっての本物らしさで、信じる事が意味を持つ場合もある。
「矢張り、鈴薺が仕組んだ事か」
「他に居ないわよ、小父様って小細工が好きなんだから。でも仕方なかった事なのよ、これは必要悪ってものなの」
 梨杏は可愛らしい笑い声を出し、この事への罪悪感を微塵も感じていない。鈴薺が何故御神体を偽っていたのかの理由を、知っているからだろう。
「でも、それを知ってるからって、お仕事の放棄は酷すぎない?」
「これも仕事だよ。あれは恒河沙一人でも大丈夫だから、俺はもう一つを守るだけ。まあ、守る必要は無いかも知れないが、鈴薺一人では気になる」
「……もう、どうしてそこまで知ってんの?」
「竜族がどうして伝説にまでなっているかを考えて頂ければ、それは簡単な話だと思うよ?」
「ハァ、そうだった。――だけどもう少し位、老い先短い老人の悪戯には騙されてあげようって、優しさは無いの? 全部ばればれだったなんて知ったら、小父様の残り少ない寿命がもっと短くなっちゃうじゃない」
「優しさか、あの人にそれが必要かどうか考えるのは難しいな」
 真剣に考えるソルティーの言葉に、梨杏も考え込んだ。
 見た目同様に食えない鈴薺一人に、最初から振り回されているのだ。どう考えても、周りの方が鈴薺に優しさを求めたくなるだろう。