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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 鈴薺はまた像の後ろに向かいつつ手招きをし、二人はそれに従ったが、ソルティーの腕は恒河沙に捕らわれたままだった。


 鈴薺が案内したのはオレアディス像の台座に隠された小さな扉と、地下に続く長い階段だった。
「入り口は狭いが、少しすれば広くなる。さ、私の後に付いてきてくだされ」
 鈴薺はかなり奥まで続いている階段をカンテラで照らしながら先に下り、その後をソルティー、恒河沙の順で階段を慎重に下りる。
 彼が話たとおり、階段は徐々にその幅を広め、途中から緩やかな角度に変化していった。そして入り口の光がかなり小さくなってから、段差のない廊下へと姿を変えた。
 廊下には広い間隔で魔法による小さな灯りが備えられ、鈴薺が進む事に灯りも場所を変えて行くようになっている。その一つめの灯りが灯されると同時に、三人が通った台座の扉は、音もなくその口を閉ざした。
「それにしても、お化けが苦手な傭兵が居るとはのぉ……」
 直ぐ後ろでソルティーにしがみつき、暗い廊下にビクビクする恒河沙を鈴薺は声高に笑い飛ばす。
 地中深くにある為に、声はかなり大きく響き渡った。
「うるせぇじじい!」
「はっはっ――。坊主、人にしがみついたままで吼えても、効果はないぞ」
「うるせぇっつってんだろくそじじいっ! それに俺はぼーずじゃねぇ、恒河沙ってなまえがあるんだっ!」
「そうじゃ、私は爺じゃ。なら、お主も坊主じゃ。爺と坊主、良い名前じゃのぉ」
「……うっ…」
 飄々と言い切られ声を詰まらす恒河沙に、最後に追い打ちを掛けたのは、笑いを堪えるソルティーの一言だった。
「恒河沙の負けだな」
「うぅ〜〜〜」
 言い負かされ悔しいが、ソルティーが言った様にこれ以上何を言っても、言い返されてしまうだろう。
 ここはグッと我慢して、と思ったのに、鈴薺の楽しそうな声がまた響いた。
「どうじゃ、お化け嫌い克服の為に、私が色々と話を聞かせてやろうか? こんな場所じゃから、結構豊富に話は有るぞ」
「ああああああああああああっっ!! やめろこのくそじじいっ! それ以上なんかしゃべってみやがれっ、ぶっころしてやるーーーーーっ!!」
 耳を両手で塞ぎ、大声で鈴薺の言葉を遮り、高笑いを続ける背中を渾身の力の限り睨み付ける。廊下には恒河沙の情けない悲鳴がこだまし、ソルティーはその中で腕を下に引っ張られた無様な格好で進まなくてはならなくなった。
「お、俺だって、生きてさえいればこわくないんだ。……おばけやゆーれーは、なぐっても、けとばしも、斬っても、ぜんぜんたおれないんだぞ」
 恒河沙は、ソルティーにしか聞こえない位の小さい呟きを延々繰り返したが、お化け嫌いの言い訳には程遠い。なんせお化けや幽霊の類は、子供を恐がらせる為に大人が作ったお話なのだから。
 殴る蹴るや、斬っても倒れない敵は、傭兵には厄介とする主張は正しいとは思われるが、恒河沙のこれは、単なる恐がりにしか他の二人には映らなかった。


「お主ら、そこで暫く待っていてはくれんかの?」
 カンテラが照らし出す最奥に扉が微かに見え始め、鈴薺が二人を残し去っていく。二人を包む明かりは消えていき、暗闇が一層濃くなり、恒河沙の腕の力が増す。
「まだ怖いか?」
「聞くなよぉ〜〜〜」
 せっかく一杯一杯恐いのを我慢しているのに、そんな事を聞かれたら、また泣きそうになるではないか。
「大丈夫だよ、此処は清浄な空気に包まれているから。不浄なモノは現れない」
「……ほんと?」
「本当だ」
 見上げた顔が、自信たっぷりの笑顔で頷いた。
 トクン、と鼓動が一度だけ大きく鳴った様な気がしたあと、急に恐いのがどこかへ消えていってしまった。
「うん、じゃ、こわくない」
――……じゃ、って。
 理解しがたい恒河沙の納得の仕方に、思わず突っ込みたくなる。しかしここで何かを言って、振り出しに戻っては始末が悪い。
 ソルティーは内心の疑問その他を意識的に消去しながら、やっと引っ張られなくなった事だけを素直に安堵した。
 だが鈴薺の扉を開ける作業は、思いの外簡単ではないらしく、妙に落ち着きの悪い空気を感じてしまう。もっともそれは、少年にしがみつかれているソルティーだけで、誤魔化すように灯りに照らされた鈴薺に視線を向けた。
「また、伸ばそうかな……」
 鈴薺が無意識に豊かな顎髭を撫でるのを見て、ふとそう思う。
 今まで何となく剃り続けていたが、これだけ(多分)仲良くなったのだ、今更“おっさん”呼ばわりされる事もないだろうし、何より鈴薺の様な貫禄のある髭は憧れる。
「ひげ?」
 少しの明かりでは恒河沙の顔は、微かにしか見えなかった。でも、彼の声音は少し怒っている様に聞こえた。
「あ…ああ。駄目か?」
 何故自分が恒河沙に承諾を得なければならないのか解らないが、そう聞いてしまった。
「だめ。ぜったい、だめ」
「……何故?」
「俺がきらい」
 何とも小気味よいほどにハッキリと言い切られたソルティーは、本気で言葉を失った。
 一体、自分はどう思われているのだろうか。きっと恒河沙は、主従関係の意味を知らないのだろう。いや、理解していても言い切るだろう。だとしたら……。
――待て、私が迷う必要が何処にあると言うんだ。別に嫌われても……。
 そう思いつつ、無意識に顔を覆っていた指の隙間から下を見下ろすと、真剣な顔で真っ直ぐに見つめてくる顔。何故かその顔を見てしまうと、「誰に何を言われようが髭を生やす」と言い返せないどころか、そんな事を思う自分が我が儘だとも感じてしまう。
 恒河沙は恒河沙で、見るからに落胆する様子のソルティーに気付いても、絶対に“許可してやる”つもりはない。ただ一寸だけは“可哀想”に感じる気持ちもあるにはあるから、どう言えば諦めてもらえるか考えていた。
 お互いに次に何をどう言おうか迷っていると、やっと鈴薺が作業を終えた。
「お主ら来ても良いぞ」
 カンテラを揺らしての合図を送られ、ソルティーはこの話はひとまず先送りにしようと考えながら、重い足取りで扉に向かった。けれど腕に引っ付いたままの恒河沙の方は、やっと浮かんだ理由をぽつりぽつりと語り始めた。
 それは彼らしくない、寂しさが見え隠れする言葉だった。
「ほんかで仕事はじめたときな、おんなじ傭兵のおっちゃんがいてな、そのおっちゃんひげだらけの顔で、酒飲むとといつもだきついてきて、ほっぺたこすりつけるんだ。すっげぇ、きもちわるくて、チクチクして痛かった。……でもな、いいおっちゃんだったんだ」
「亡くなったのか?」
「うん。こー山のらくばんにまきこまれた」
「だから、嫌いか」
「うん。嫌いだ」
 身寄りのない傭兵が亡くなった時は、言の葉陰亭に運ばれてくる。亡骸の時もあれば、形見の品だけの時もある。
 奔霞の傭兵は、全員が仲間で家族だ。彼等をどんな形であれ、最後まで出迎えてやるのが幕巌の主義だった。そして帰ってきた仲間の最後の姿を目に納める事で、生き残った者は心に何かを刻む。
 だが未だに心が不安定な恒河沙には、かなり辛い現実だったのかも知れない。
「なら仕方ないな」
「ソルティー」
「聞ける範囲の我が儘は、聞いてやるって約束だからな」
「あ……、ありがと」