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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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episode.6


 聖聚理教歴代の神子は、紫翠大陸に産まれた力在る女性達だった。
 神子が亡くなると、その後十五歳までの子供から選び、親元から離され神殿で育てられる。大抵の神子は親の顔も知らず、生涯一人の神子としての生活を余儀なくされ、信仰者に傅かれ、敬われ、神と人を繋ぐ礎となっていった。
 子をなす事を禁忌とする聖聚理教の中で、神子は人では無かった。恋も愛も知らず、ただ神に祈るだけを使命とした神子に、人としての存在は認められなかったのだ。
 その禁忌を破った一人の神子が居た。名を、南美芭(なみは)と言った。


 * * * *


 翌日の朝は、いつもより慌ただしかった。
 須臾を跳躍で飛ばす為に用意された術者数名と、鈴薺と端雅梛を初めとする五人の司祭が神殿の中庭に集まり、須臾の準備が整うのを待っていた。
「……何か御大層なお見送りで、呆れるね。僕としてはこんなむさ苦しい男より、美人のお姉さまに手を振って貰った方が、頑張る気になれるんだけどね」
 呪紋が敷き詰められた方陣へ向かいながら、隣を歩くソルティーに軽口を叩く。
「そう言うな。向こうは真剣なんだから」
「はいはい。兎に角、僕なりに出来る事はしてくるつもりだから、心配しまくって待っててよ」
 ソルティーを残し一人方陣の中に立ち、離れて自分を心配そうに見つめている恒河沙に笑って手を振る。
 緊張はしていないが、黙って行ける程恐れが無いわけではない。
「ねぇ、取り敢えず念押しして置くけど、恒河沙の事頼むよ。今晩から大変だと思うけど、僕が居ない間の責任は全部ソルティーにあるんだからさ」
「夜から?」
「そ、夜から。頑張ってね」
 何を頑張らされるのか問いただそうとしたが、術者に距離を取るように注意を受けて、渋々恒河沙の居る場所まで退いた。
 須臾が呪術用の白い粉で地面に描かれた方陣の中央に立つと、周囲を取り囲んでいた術者の詠唱が始まる。
 跳躍は簡単に出来る魔法ではないが、送るだけを目的とするのなら、数人の術者が居れば可能な程度の魔法だった。しかし、送り先を明確に出来ない場合は、送られる側が何処に飛ばされるか判らない場合があり、使い方次第ではかなり危険な魔法でもある。
 唱えられた言葉に反応する様に須臾の立つ方陣が光を放ち始め、地に描かれた呪紋が一瞬浮き上がった様に見えた時、須臾の体は光に包まれ消えた。
「……砂綬の村も、あんな風にきえたのかな」
 毛羽の語った村の消え方を思い出し、ぽつり恒河沙が呟く。
「かも知れないな。だとしたら、彼等の村は、どこかにちゃんと存在していると言う訳だ」
「そう…だよな……」
 急に友達の事を思い出して心配になっている恒河沙の肩を叩き、大丈夫だからと笑顔で勇気づけ、解散を始めた術者達を見送った後朝食を取るために宿舎へと帰った。



 須臾が出発してから半日は、暇を持て余して過ごすしかなかった。
 街に出る事も出来ず、宿舎や神殿の見物も終わってしまうと、目の前で見慣れてしまった恒河沙の食事風景を観察する位しかする事はない。
「ソルティー様、いらっしゃいますか?」
「ああ、何か用か?」
 扉を明けられると、声の主である苑爲は、鈴薺が二人を神殿で待っているとだけ伝え去った。
 普段なら端雅梛が呼びに来て、始終目を光らせているのだが、誰を付けるでもない呼び出しに些か不審の念を抱かないではない。とは言え行かない事には話にならないのも確かだ。
 仕方なく恒河沙の食事を中断させ部屋から連れだし、彼の未練を聞きながら急いで神殿に向かった。


 神殿内を照らす無数の小さい明かりに照らし出された彫刻群は、昼間とは別の顔を覗かせる。
 普段なら夜も間近な神殿には、仕事を終えた多くの人々が祈りを捧げに来ているのだが、今日は閉鎖された場所の様に、人影は一つも存在しなかった。
「夜のほーがきれいだよな?」
 人目を気にする神官達に言われ、ソルティー達は朝からしか神殿を訪れる事を許されなかった。
 見慣れてきていた筈の光景が、また新しい場所に生まれ変わった様で、恒河沙は何度も感嘆の声を上げた。
「そう…だな」
「……? ……あっ! ごめん……わすれてた」
 一瞬の言葉の躊躇に、ソルティーの目の事を思い出す。
 どれだけ綺麗だと言っても、自分と同じように感じられない彼に聞けば、それは嫌味にしかならないだろう。
 そんな自分の配慮の無さに落ち込んでしまいそうになる頭に、ポンとソルティーの手が乗せられた。
「良いよ、忘れて貰った方が俺は楽だから、変に謝らないでくれ」
「でも……うん、わかった」
 ソルティーの優しい言葉に恒河沙は頷いた。
 多分自分が何を言っても彼には意味がないと知っているが、何か出来るならしてあげたいと心の隅で思う。だから忘れろと言うなら、忘れるのが自分に唯一出来る事なのだと、見上げ見る不安を抱えないソルティーの顔に誓う。
「それにしても鈴薺は何処にいるんだ…
「ここでいーのかな?」
「多分。神殿としか言わなかったが、部屋で待つとは言われていないから」
 オレアディスの像の前に立ち、居る筈の鈴薺を捜したが、自分達の他には誰も居なかった。
「人を待たせるのはいけないことだと、ならわなかったのかよ、あのじじいは」
「恒河沙……」
 ソルティーも鈴薺を敬うつもりは毛頭無いが、仮にも相手は大司祭である。神官の耳にでも入れば、自分達の立場を更に悪くすると注意しようと思うが、どうせ態度を改める筈がないと、結局は諦めた。
 丁度その時だ。地中深くから響くようなゴーーっと言う音が神殿に響き渡り、その音に混じって奇妙な声が聞こえてきた。
「何を言う……たのは、私の………ないか」
 神殿中に反響する低い声は、ハッキリとは聞き取れなかった。
 だがその直後、恒河沙が引きつった声を上げた。
「ひぃっ!」
 渾身の力でソルティーの腕にしがみつき、微かに震える彼は、完璧に怯えていた。
「恒河沙?」
「お…おば…おば、おばけ……おばけやだ…」
「え……と……いや……お前、まさか」
 「お化けが嫌いか?」と、聞くまでもない怯え方である。
 間違いなくそんな物にさえも喧嘩を吹っ掛けると思っていただけに、迷信にこうも怯えられると、驚く以前に戸惑ってしまう。
 取り敢えず宥めるか叱るかの前に、ソルティーは力任せに引っ張られて傾いた体制を戻しながら、オレアディスの神像と恒河沙を交互に眺めた。ソルティーの耳には、声は微かに像の中から聞こえたように感じたのだ。
 そしてそれは正解だったようで、暫くして鈴薺が像の後ろから姿を現した。
「お化けとは、ちと失礼ではないか、小僧」
 先ほどの声も彼の様だが、今は普通に響くだけの声だ。
「ふえ……?」
「大丈夫、鈴薺だよ」
「おやおや、あれしきの事で泣きべそとはのぉ」
「……ああっ! じじい、てめぇ!」
 恒河沙は半べその顔を鈴薺に笑われ、恥ずかしさと怒りが一気にこみ上がると、大声で彼にくってかかろうとしたが、すんでの所でソルティーに止められた。
「待たせて済まなかった。ずっと其処に居たのか?」
「いやいや、先程まで扉の解呪をして居ったのでな、来て居るのは知っていたが手が放せんかった。どうぞ、此方においでくだされ」