刻の流狼第一部 紫翠大陸編
こう言われれば、もう適当な人材では済まされない。何とも人を乗せるのが巧い奴だ。いや、人の使い方が巧みだ。しかもあしらわれた事でさえも、不快には感じさせないのだから、ますますこの新顔に興味がわいた。
「判った。で、何人入り用だ。百か二百か? 腕利きだけをって言うなら、五十までなら今直ぐにでも集めてやる」
男の見解では、目の前の客は商用に赴く商人の様に、自分や荷物を護衛する傭兵を必要としていない。それに竜族を連れているのなら、それ以上の護衛など要るはずがない。
ならばとばかりに豪快な台詞を並べ立て、その言葉にソルティーは一瞬躊躇いを見せる。
「なんだそれ以上なのか? そうなると半日は必要だ」
「いや……、数は必要ない。そうだな、数までは考えていなかったが、一人か二人で良い」
「そうなのか……そうなると」
何を想像していたのか男は多少つまらなさそうにしたが、直ぐに店に集まる仕事にあぶれた傭兵達を見渡した。
一度ソルティーへと視線を戻し、また傭兵達へと。
先程の豪快な台詞が嘘のように男は考え込み、やっと口を開いたかと思えば、その口調はかなり慎重になっていた。
「あんた、尻の穴がちっせぇ事は言わねぇよな」
「どういう事だ?」
「俺が今から紹介するのは、ちぃっと問題がある。但し、腕は保証する」
「問題にもよると思うが、まあ、仕事さえこなせるなら文句はないつもりだ」
「その言葉を聞いて安心したぜ。ほら、あれが俺様一押しの傭兵達だ」
そう言って男が指さした場所に目を向けると、この店で唯一日の当たるテーブルに向かい合って席を確保している二人の男子が見えた。
ひたすらカード遊びに熱中する二人の姿は、一人は後ろ向きで確認は出来ないが、もう一人は明らかに少年だった。
おそらく十五歳前後。種族的な差は確かにあるが、どう贔屓目に見ても成人の儀式を済ましたか済まさないかの年頃にしか見えない。
ソルティーは自分が男が指定した者とは違う者達を見たのではないかと考えたが、男の指先に当たる範囲には、不幸なことに彼等しか居なかった。取り敢えずいったん男に視線を戻し、
「確かに、問題があるな。本当に腕は確かなのか?」
殊更、問題と腕を強調するが、それでも男の意志は堅かった。
「そりゃあ勿論、保証付きだ。あんたが気にしている傭兵の腕が、単に経験や武勲や年齢だけを取り出したモノなら、俺もそれに会わせた内容の奴らを持ってくるが?」
不服を絡める男の言い分に、ソルティーは首を振って「そうじゃない」と否定はしたが、男の意図がいまいち掴めなかった。
「別にそんな役にも立たない肩書きが欲しい訳じゃない。俺が言いたいのは、どう見ても一人は子供にしか見えない事だ。俺が必要なのはこの大陸を抜けての行動が出来る奴だ。家で帰りを待つ者が居るのでは困る」
「そりゃあごもっともな意見だが、俺だってそんな煩わしい奴を身内には置いておけねぇ。心配はいらねぇ、奴の保護者は向かいに座っているのがそうだ。血は繋がってないらしいがな。しかも二人とも天涯孤独、それにこの国の人間でもねぇ、あれでも流れの傭兵家業に手を出してる根っからの流浪の民さ。まあ、ここ最近は此処に入り浸ってはいるがな。腕の方も彼奴等以上を捜すなら、次の回帰間が来る方が早い。俺が保証する、なんなら壊れた入り口の修理代を賭けても良い」
これ以上ないほどの箔を付けて男は二人を薦め、ソルティーも男の言葉に納得しがたかったが、この男を信用すると自分が判断を下した手前、これ以上難癖付ける訳にもいかないと、無理矢理決心をつけた。
「……そこまで言うならあんたに従おう。あんたを信用すると決めたのは俺だ」
「ありがとよ。でも絶対に損はしない買い物だ」
「そう願う。では取り敢えず交渉でもしてくるか。……っと、その前に、あんたとあの二人の名前を教えてくれ。俺はソルティー、こっちはハーパーだ」
立ち上がり二人に向いたソルティーの背中に男は、
「俺は幕巌(ばくがん)だ。彼奴等は、蒼いのが恒河沙(こうがしゃ)、赤いのが須臾(しゅゆ)だ」
幕巌が彼等を見極める為に使った表現は、彼等の派手な髪の色だ。
「…………、では行って来るか」
後ろ手を振りながらソルティーは覇気の感じられない歩みで、カード遊びに興じる二人に向かって歩き出した。
『コーガシャとシュユ……か。……どっちだ』
幕巌に教えられた名前を繰り返しながら、ゆっくりと二人に近付くと、先程は確認できなかったもう一人の姿がはっきりした。
保護者と言うより、兄と表現した方が正しい年齢差でしか無いだろう。
ソルティーの足取りは見る間に重くなった事は言うまでもない。
ソルティーが一人で交渉に赴く後ろ姿を見送りながら、幕巌はこの時点となっても、未だ無関心を決め込んでるハーパーが気になって仕方がなかった。
幾ら仕事柄で冷静を装えても、産まれて初めてお目に掛かれた竜族を前にして、少しも興奮しないで居るのは無理というものだ。
話をしていたソルティーが抜けてしまい、今更余所余所しく他の客の処に行くのも、二人を紹介した手前気が引ける。いや、結局は幕巌自身がハーパーへの興味を押さえる事が出来ず、傍を離れたくなかったのだ。
暫く考え倦ねたあげく、幕巌は意を決し好奇心を優先する事にした。
「あの、何故傭兵を雇うのですか? 私から見れば、この店に来るどの傭兵よりも貴方達の方が遙かに経験も腕も、素質でさえ上回る。一人二人の傭兵を雇う意味が私には判りません」
緊張の所為か、それとも恐れの所為か、幕巌の口調は意識するより早く丁寧になっていた。そんな幕巌の決死の語りかけにも、見上げたハーパーの様子に変化は無かった。
先程は確かに自分とソルティーの話を理解している節が感じられた筈だったが、と、幕巌は首を捻ったが、直ぐに気を取り直して、
「あ〜、『ふたり、強い……おもた』ええっと、『やたうあるか、必要』」
これ程緊張する事は、今までも、これからも幕巌の人生には存在しないだろう。
ただ自分と話を交わしたくないだけかも知れない者に、言葉を知らないと判断し、詳しくもない覇睦の言葉を使ってしまったのだ。一応それらしい言葉を並べたつもりだが、万が一全く違う意味を含んでいたのなら、自分の命は残り少ないかも知れないと、絶えること無い己の好奇心を悔やまずにいられない。
『雇う』
突然頭上から降ってきた、低く重圧感が存在する、人とは明らかに違う無機質な空気を振動させる声に、幕巌は全神経が凍り付いた感触を体験した。
『雇う』
もう一度繰り返された言葉に、暫く惚けていた後にやっとハーパーの言葉が意味する事に気付き、
「あっ、ああ! 『や・と・う』、『雇う』ですね!!」
真摯に教えられた言葉を反復する幕巌に満足したのか、ハーパーは彼に向かって鋭い牙を見せ(彼には笑顔だった)、一度ソルティーを視認した後、
『我が関知せずとも、結果は自ずと我々に符号を見せるものだ。知る為には、まずその経過を知らねばならぬ。焦っていては事象を見落としかねぬ。世界とはそのようなものでしかない』
「………は?」
『何事も、準備が必要と言う事だ』
作品名:刻の流狼第一部 紫翠大陸編 作家名:へぐい