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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 ただ何を言っても元気を取り戻さない子供を前に悩むにつれ、どうして自分がこんな事を考えなくてはならないのかと、自分自身の不条理さに腹立たしくなる。暫く何も言わずに恒河沙の機嫌が直るのを待っていたが、何時までたってもその気配は訪れなかった。
 無駄に時間だけを消費し、ソルティーの考えも尽き、気持ちを切り換える為に大きな溜息をもらす。
「もういい、俺一人で警護をする。お前は須臾と行っても構わない」
 つくづく自分が甘い人間だと思う。
 これで幕巌との約束が叶わない事になるかも知れないが、今自分の目の前に在る不安を抱えた子供が可哀想に思え、どうにかしたいと思う方が先になってしまうのだ。
 後で須臾を呼び、こういう事になったのだと説明をし、一人で御神体を守り抜く。それは簡単な事だったが、自然と額に手を添え考え込んでしまった。
「ソルティー……?」
「聞こえなかったのか? お前は須臾と二人で仕事をしろ。そんな風に仕事をされては迷惑だ。もう話は無いから、須臾をもう一度呼んでくれ、予定を変えないといけないから」
 いろんな事が頭の中を駆け回る。聖聚理教の事や襄還宗の事、幕巌の気持ち、そして須臾と恒河沙の事。全部自分には関係ない事の筈なのに、それだけで今のソルティーの思考は悲鳴を上げそうだった。
「いいの?」
「……仕方が無いだろ。そんな調子で仕事はさせられない。いいから須臾を呼んできてくれ」
「……うん」
 語気を強くするソルティーに恒河沙は何も言えなくなり、肩を落としてベッドから離れた。
 その背中にソルティーの呟きが聞こえたが、何を言っているのか聞き取れはしない。
『こんな面で役に立たないとは思わなかった。私はお前達の保護者ではないんだ、いい加減にしてくれ』

 恒河沙の気配が部屋から消えた後、ベッドに倒れ込みソルティーは覇睦大陸に着いてからを脳裏に浮かべた。
 須臾は問題なく使える傭兵だ。頭の切れは申し分ないし、自分の立場は弁えて行動できる。問題は恒河沙だった。素直は構わない、立場に関しても最低限は守っている。しかし、あまりにも子供過ぎる。
『二度目の回帰間が過ぎてからか……』
 その頃には紫翠大陸の戦の事は覇睦大陸に知れ渡るだろう。それを聞いた後に解雇すれば、二人が三度目の回帰間で紫翠大陸に帰ったとしても、戦の優劣は粗方見え始めている筈だ。
 須臾を手放すのは惜しいが、二人での契約だ。一方だけを解雇する訳にもいかないし、恒河沙を連れて旅をする訳にもいかない。
『一年の我慢か』
 それが自分に出来ればの話だが、覇睦大陸に渡ってから自分の精神状態までは流石に自信が持てなかった。

 一方、ソルティーが一人自分達の解雇を考えていると知らない二人は、説教の最中だった。
 勿論須臾が恒河沙にだ。
「お前、それでも傭兵? 冗談じゃないよ、それじゃ契約破棄されるかも知れなんだよ? 一寸待ってよ〜〜」
「……ごめん」
 最初はただ須臾に付いていって良いと言われただけと説明していたが、そんな事が有る筈無いと言い返されて、問い詰められるままに本当の事を喋らされた。
「御免じゃないよ! ああっ、もう、信じらんない! どうしてそう、何時までも子供なんだよ、僕が居ない少しの間位我慢できないの?」
「でも…」
「でもじゃない! いい? 僕達の仕事は何? 言ってごらん!」
 もの凄い剣幕で捲し立てられ、恒河沙の体は少しずつ後退していく。
「……ここの道案内と、ソルティーの仕事の手伝い」
「そうだよ! それをどうしてお前は断ったの!」
 事の重要さから言えば、自分の方が余程仕事を断りたかった位だと言うのに、と言う事もあるが、須臾は別の思惑から恒河沙を叱り続けていた。
「ことわってない……そんなこと、言ってない」
「でも嫌な顔したんだろ? 同じ事だよ。一寸はソルティーの気持ち考えてみてよ」
「ソルティーの?」
「そうだよ、僕が居ないってだけで、不安そうな顔されれば誰だってこんな傭兵迷惑に思うだろ?」
「言われた……、めーわくだって…」
「ああっ! もうマジかよ……。駄目だ、解雇まで時間の問題だよー! 冗談じゃないよ、こんな事で解雇だなんて、契約違反で金さえ払って貰えないかも知れない〜〜」
 力無く床にしゃがみ込んで頭を抱える須臾の姿を見るに至って、漸く恒河沙も自分のした事の重大さに気が付きだした。
「俺達かいこされるの?」
「多分ね。僕の仕事が終わったら直ぐじゃない?」
 どうでもいいと言う突き放した言葉を須臾は出した。
 これで自分達の無能さを露呈してしまい、幾ら一人だけが頑張っても取り返しが付くはずはない、と。
「俺…やだ……この仕事…つづけたい……」
 出そうになる涙を手首で拭いながら、自分に向けられたソルティーの落胆を隠さない瞳を思い出した。
 折角覇睦大陸の言葉を教えて貰ったのに、色々話も出来るようになったのに、こんな所で信用を失うのは嫌だった。
「仕方無いよ。僕達の評価はこれでがた落ち。もし万が一覇睦大陸に渡るまで雇って貰えたとしても、他に良い傭兵を雇う場所が有れば、あっさりそこで解雇決定。いや〜結構あっけない仕事でしたってね」
 開き直った須臾の言葉は、扉に向かう背中に投げられた。
「何処行くの?」
「仕事、するって、言ってくる……」
「遅いんじゃない?」
「……でも、言ってくる…」
 項垂れたまま部屋を出ていく姿を見ながら、須臾はほくそ笑んだ。
 これで自分達の解雇は先に延ばされると。


 なかなか現れない須臾を待ちながら、ベッドに横になったまま窓からの光を閉じた瞼で感じていた。
 白と黒、そしてその中間色だけの世界は、目を開けていては光の美しさを確認できない。目を閉じている時だけ暗闇に見える光を感じられ、その時だけは心が落ち着く瞬間だった。
 しかし、その裏に潜む様に存在する不安と恐怖も感じ、暫くすると瞼を上げてしまう。
 目を開けた時に見える現実が、次に目を閉じたとき消えてしまうのではないか?
 色を感じない瞳だからこそ、現実の感覚が希薄に感じる。
 そしてその白と黒の世界でさえ、一年前よりも薄れていっていた。
――どれ程の残りなんだ。
 両手を握りしめ、苛立ちを押さえ込む。
 明日かも、何年も先かも知れない、死を決意する時まで訪れないかも知れない。自分ではどうする事も出来ない時間との戦いが、少しずつ心を蝕んでいるのだけは間違いなかった。
――いっそ、完全に狂う事が出来たなら、どんなに楽になるだろう。
 押し潰されそうになる心を自制するのに疲れを感じる。
 何度も溜息を繰り返し、もう一度瞼を下ろした時、扉を叩く音で意識を現実に引き戻された。
「須臾か? 入ってくれ」
 ベッドに腰掛け直し、部屋の中に入ってくる須臾に目を向けたが、それが恒河沙だと判ると、落ち着いていた筈の苛立ちが再び沸き上がってきた。
「須臾を呼べと言ったはずだ」
「……あの…仕事…、俺、仕事する……から…」
 ソルティーの前まで来ると俯いたまま恒河沙はそう言った。
 たまに手首で目を擦り、必死で泣くのを我慢している姿にソルティーは目を細めた。
――須臾に怒られたか……。
「俺、がんばって、仕事するから……かいこ…しないで……」