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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「奔霞は戦の被害を極力抑えたい。敦孔伐が完全に襄還宗を掌握してからでは遅すぎる」
「……どうして奔霞の使者じゃなく僕なんだ?」
「それと知れる者を敦孔伐が野放しにするとは思えない。それに何より、この話をするには聖聚理教の許可が必要だった。それが漸く終わった処だからな、今からでは時間がない」
「その話をソルティーがしていたんだね。……判った、仕事するよ」
「助かる」
 ソルティーがどう幕巌と鈴薺に話を進めていたのか気になるが、多分話は限定されると感じ、須臾は納得しがたい仕事を飲んだ。
 気持ちとしては、後は野となれ山となれ、状態の諦めだったが。
「僕は何時、襄還宗の所に行けばいいの?」
「明日」
「……あっそ」
 襄還宗の神殿の有る場所まで、歩いて五日から六日程かかる。此処から向こうまで跳躍をしても、帰りは徒歩になるだろう。須臾の能力次第になるが、彼が帰ってくるまで交渉期間を考えれば早くて七日、遅ければ十日。
 例の盗賊の予告した日の八日後の事を目先に置けば、明日でも遅いかも知れない。
「話は以上ですか」
「ああ、多分。思い出した事が有ったら、その時にでも言う」
 気怠く書簡を持ち立ち上がる須臾から視線を逸らし、床に置かれた荷物をベッドにあげ、
「部屋に帰ったら恒河沙を呼んでくれ。ああ、少ししてからにしてくれ」
「はーいはい。……そう言えばさぁ、どうして恒河沙に知られたくないわけ?」
「幕巌との約束だ。子供に戦を見せるなと言われたからな。奔霞が巻き込まれると知っていて、黙っていられるとも思えないし」
「確かに。んじゃ明日から暫くあいつのお守り宜しく」
 ソルティー個人で恒河沙を気遣ったのではないと知り、取り敢えずほっとすると須臾は恒河沙を呼びに部屋に戻った。


 恒河沙が来るまでソルティーは自分の荷の中にあるもう一つの書簡を取り出し、それに施されていた封を解くと中に入っていた紙を出した。
 書簡に王印は無かったが、幕巌が念の為に用意していた襄還宗宛の書状だった。
 もし鈴薺が幕巌の申し出を断り、我を貫き通すなら奔霞が敦孔伐と手を結ぶ事を示した物だ。その書状をソルティーは火種を使って燃やした。
 手に持ったままその炎を見て、指に火が触れてもその紙を放せなかった。
――痛覚か。
 焦がされようとしている指に何の痛みも感じないのを再度確認して、ソルティーは指を放し、石の床で灰となっていく“もう一つの道”を見つめた。
 部屋には煙と臭いが溢れ、ベッドの横にある窓を開ける頃、恒河沙の声が聞こえた。
「入っていいよ」
 誘われるまま姿を見せた恒河沙が、部屋に籠もる燃えかすの臭いに顔を歪める。
「なにしてんだ?」
「いらない物の整理」
「部屋の中ですんなよ。くさいぞ」
「そうか? まあ、適当に座ってくれ、少し話があるから」
 恒河沙は顔をしかめながら部屋の中に椅子とベッドしかないのを見て、少し考えてから徐にソルティーの横に置かれていた荷物を床に投げ捨てた。
 された方は「何をするんだ」と言う前に、横に座られて得意満面の笑顔を向けられてしまい、語るべき言葉が見あたらなくなってしまう。
「で? なに?」
「……あ…ああ。仕事の話だが……」
「仕事?! ホント? 仕事あんの? やったぁっ!」
 その場で両手を上げてジタバタと体で喜びを表現する姿に、ソルティーは目眩を覚えた。
「恒河沙、落ち着いてくれないか?」
「……あっ、ごめんごめん。でもやっと仕事なんだと思うと、ああ! なんかすっげーうれしいー!」
「こ・う・が・しゃ」
「ごめんなさい……」
 無理矢理落ち着きを取り戻させたものの、一気に疲れが湧いてくる。
「んでなになに? 仕事なに?」
「……此処の御神体の警護。八日後に盗み出すって予告状が送られて来たんだ。その盗賊退治が仕事だよ」
「ええ〜〜〜っ! なんで俺達がそんなことしなくちゃなんないんだよ! かんけーないだろ」
 自分達を嫌っているのが判っている聖聚理教の為に働くのも納得できないし、自分の雇い主が彼等でもない。自分が働くのは雇い主であるソルティーの為であって、決して他の人であってはならない。それなのに何故そんな仕事を言われなくてはならないのか理解できないし、したくもない。
「これは俺の仕事だから、それを手伝うのがお前の仕事だろう?」
 予想通りとも言える恒河沙の反応に、ソルティーは落ち着いて話を進める。
「仕事を放棄したければそれでも俺は構わないが? どうする?」
「それはぁ……」
 俯いて言葉を捜す恒河沙の頭に手を乗せて、もう一度どうするかと聞く。
「する……けど、どーしてソルティーがここで仕事するんだよ? なんか、へんだよ」
 ソルティーの手を乗せたまま顔を上げ、真っ直ぐに嘘が無いかを見定める為に視線を合わせ、自分に判る説明を求める。
「……色々と複雑な理由ではあるが、簡単にすると、俺達が此処まで簡単に入国の手続きとかがしてこられたのは、全部幕巌の手助けがあったからだ。その幕巌が此処の大司祭に頼みがあって、その頼みを俺が大司祭に伝えて、大司祭はその頼みを受ける代わりに俺にこの仕事を頼んだ。だからこの仕事は、幕巌への恩返しのようなものだよ」
「そのたのみってなに?」
「ん〜〜、言いたいけど、男と男の約束だから言えない」
「……けち」
 それでも恒河沙の顔はソルティーの答えに満足できたのか、いつもの様に明るい顔になっていた。
「詳しい話は後日、その御神体とかを見てから決める。それで良いだろう?」
「うん……、でもなんで須臾とべつべつに話をするんだ?」
「須臾には別の仕事で出かけて貰うから、暫く別行動になる。多分、この仕事は俺と恒河沙だけになると思うから、その心積もりだけはして置いた方が良い」
「須臾…いないの?」
 急に声音を落とし、恒河沙の顔に不安が宿る。
「どうして? いつまでいないの?」
「明日から……多分十日は帰らないと思うけど」
「とーかも……」
 徐々に泣きそうな顔になる恒河沙に狼狽え、乗せていた手を下ろしその不安そうな顔をまじまじと見つめてしまう。
 慰めようにも、何故恒河沙がこうなってしまうのか理由が判らない。
「一人で仕事が出来ないのか?」
「ちっ、ちがうよ! 仕事くらい一人でできる……」
 仕事はこなせるが、須臾と丸一日以上離れた事が恒河沙は無かった。
 仕事も暮らすのも何時も同じで、離れて居る事を想像した事も無い。自分にとって誰が一番必要かと聞かれれば、きっぱりと須臾だと言い切れる程、彼は恒河沙には欠かす事の出来ない者なのだ。それが、十日も側に居ないとなれば不安の桁が違う。
「別に二度と帰ってこない訳では無いのだから、そんなに心配する事は無いだろう」
 子供が母親に置いてきぼりされた様な落ち込みを見せられ、なんとか元に戻そうとソルティーは言葉を並べたが、恒河沙の表情はあまり良くならなかった。
――どうしろと言うんだ?
 恒河沙の扱いに慣れてきたからと言って、感情だけの子供の扱いが得意なわけではない。本音を言えば、喜んでくれるとしか考えていなかっただけに、この状態には混乱さえ感じた。