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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 其処には天窓から降り注ぐ光に包まれた、等身大の女性の石像が入り口に向かって建っていた。
「きれいなねーちゃんだな」
「うん。この人が水の精霊神オレアディス様だよ。精霊神の中でも、一番美人で優しい人じゃないかな」
 高い台座の上から二人を見下ろす顔は、総ての汚れを拭ってくれそうな微笑みを浮かべ、今にも差し出されそうな両手は胸の前で重ねられている。
「こんな人、恒河沙は見たことがない?」
「あたりまえだろ、こんなきれいなねぇーちゃんに会ってたら、俺だってわすれるかよ」
「……そっか、そりゃそうだよね」
 石像を見上げ、恒河沙からは見えない須臾の表情は複雑なモノだったが、ふと気付いた背後の気配に表情を戻して後ろを振り向き、恒河沙も同時に自分より下に在った気配を目に入れる。
「あ、あの、御免なさい。邪魔するつもりは無かったの」
 凄い勢いで振り向かれた少女は、少し驚いた顔で二人に謝った。
 多分十二、三歳のあどけなさが抜けない少女を見て、行動を始めたのは須臾の方が早い。少女の身長に併せ膝をつき、まっすぐ視線を合わせてにっこりと微笑み、少女もつられて笑みを浮かべた。
「いいえ、此方こそ驚かせてしまったようで謝らないと。すみませんお嬢さん」
「ありがとうお兄ちゃん。私、梨杏(りあん)て言うの、よろしくね」
「僕は須臾。よろしく梨杏ちゃん」
 将来絶対に美人になりそうな予感がする梨杏の笑顔に、若干須臾の鼻の下が伸びた気がする。恒河沙が呆れて二人から目を離すと、入り口付近で一人佇んでいたソルティーが、何時の間にか来ていた苑爲と話ているのが見えた。
「お兄ちゃん達って傭兵なんでしょ?」
「ええっと……」
 神殿付近に住む子供と思っていたが、どうやら違ったらしい。
「小父様からお話を聞いたの。私、お兄ちゃん達のご主人様とお話がしたくて、だから此処で待ってたのよ。一緒じゃないの?」
「……は…はは……」
「ソルティーならあそこにいるけど?」
 うちひしがれる須臾を余所に、恒河沙は梨杏にソルティーを指さして教える。
「えっ? あの人がそうだったの? 私てっきり、もっとお年寄りかと思ってた。ありがとうお兄ちゃん、またね」
「は…はぁ……」
 手を振りながらソルティーに駆けていく姿を、須臾は荒んだ目つきで睨み、
「邪魔してやる!」
「へ?」
「何であいつばっかりいい目を見るんだ。邪魔してやる」
 何に対してかは恒河沙には解らないが、真剣にソルティーに対抗意識を燃やす須臾の姿は自分より馬鹿に見えた。
 須臾の目には、ソルティーが女を侍らしているようにしか見えないのだろうが、恒河沙には子供と少年の姿にしか見えないのだ。
 それにどう見てもソルティーの方が数段須臾より男らしいのだから、この勝負は須臾の負けに違いないだろうとも確信していた。

 苑爲が此処へ来たのは、ソルティー達のお目付だからだ。
 何をするか判らない傭兵を野放しに出来ないからと端雅梛に言われ、勤めもそこそこに彼等を追ってきたのだが、自分達の彼等に抱いていた危惧が多すぎたのだと真摯に神殿を見学する姿を見て気が付いた。
 彼等が何をしに擣巓に来たのか、何故鈴薺の客として此処に滞在しているのか、苑爲は聞かされていない。それ故に端雅梛が嫌っている程、自分は彼等を嫌えないと感じていた。
「ソルティー様達は何時まで擣巓に?」
「唐轍が回帰間への扉を開ければ直ぐに」
「そうですか……。どうして……」
 ソルティーへの返事もそこそこに、祭壇の方から近付く姿に驚き咄嗟に跪いた。
「この様な場所にお一人で来られては困ります」
「構わないわよ。あの人達は私が瞑想してると思って、部屋の前に居るはずなんだから。私はハーパー様のご主人様とお話がしたかっただけなのに、あの人達邪魔するんだから大嫌い」
 可愛らしい仕草で立腹を表す彼女を、苑爲は持て余し気味の表情で見下ろす。
「……でも、無断では困ります」
「良いのよ、苑爲が困らなくても。見なかった事にしてしまえば」
 無邪気に笑う梨杏に苑爲は困り切った表情を見せ、仕方なくソルティーは言葉を挟んだ。
「君は?」
「私は……」
「この方は聖聚理教の神子であらせられる、梨杏様です」
 自己紹介を邪魔され梨杏は途端にふくれて、ソルティーの腕を取ると神殿横にある扉に体を向けた。
「私は私よ。変な紹介は止めてよ。さ、向こうに行ってお話ましょう、ハーパー様もそこでお待ちしているの」
「梨杏様! 我が儘はいい加減に……」
「苑爲はうるさい。我が儘って、もしかして私に言ってるの? 貴方が、私に指図が出来るの? もし苑爲が私の事あの人達に告げ口したら、私どうするか判らないわよ?」
「…………判りました。私は……何も見ていません」
 苑爲が一番触れて欲しくない事を梨杏は我が儘の切り札にし、今にも泣き出しそうな顔を俯けた苑爲は口を閉ざすしかなかった。
「行きましょ」
 満足そうに苑爲を見下し、梨杏はもう一度ソルティーの腕を引いた。
「苑爲、二人の事を頼む」
 自分が梨杏の手を振り解くよりも、彼女に同行した方が苑爲の気持ちの負担は少ないと思い、取り敢えずは引かれるままにソルティーは梨杏に従った。


 ソルティーが梨杏に連れられて、彼女の秘密の庭に辿り着くまでの道のりは結構厳しいモノだった。
 神殿の廊下を信者達の目を盗む様に進むだけなら兎も角、神殿からの脱出口は窓で、そこからの行く手には植垣に出来ていた獣道を幾つも待っていた。やっと目的の場所に着いた時には、手足は勿論、髪はぼさぼさに乱れ顔にも汚れが付いていた。
 しかしそうまでして辿り着いた場所は、それだけの苦労が全く惜しくはない場所だった。
「此処が私のお庭」
 梨杏が両手を広げて自信満々に紹介する其処は、美しい草花が咲き乱れる小さな庭園だ。
 その中央には、最初に告げられていた通り、ハーパーが本来の姿で座っている。梨杏が作ったのか、彼の頭には花輪が乗せられ、そこかしこが可愛く飾り立てられていたが、流石にハーパーの風貌には似合わなさすぎた。
「ハーパー様、ソルティー様を連れてきました」
 真っ直ぐにハーパーへ駆け寄り、その大きな脚の上に梨杏は座る。
『まさかこんなに可愛らしい使者に呼び出されるとは思わなかった』
『他者の介入は極力避けたかったのだ、仕方在るまい』
「そうよ、此処って何時も誰かが見張って居るんだもん。窮屈で、私は大っ嫌い」
「……言葉が判るの?」
 ソルティーの言葉に梨杏は表情を曇らせた。
「……こうして、触れていると何となく判るの。だから神子なんてさせられてるの」
 こんなに小さな子が、自分の意志で神子になった訳ではないだろう。
 産まれながらに特殊な力を持つ者は、数は少ないが珍しい事ではない。ただし力が有ると言うことは、畏怖されるか、敬われるかのどちらかだ。
「でも! ハーパー様やソルティー様は大丈夫よ。心に壁が在るから、言葉にしない事までは判らないから。でも他の人は何も間に置いてくれないから、全部、嫌なのに伝わってくるの。こんなの私全然いらないのに」