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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 恒河沙はこんな大きな建物は初めてなのだ。だから、嫌な事よりも好奇心の方が上回り、ソルティーを連れ出しに来た、と言う事だ。
「須臾と二人で行ってくれ……。俺はもう少し眠りたいから」
「………だってぇ、俺達だけだと…いろいろさぁ……」
――そう言う事か。
 一応自分が此処を一人で歩いていたらどうなるか判っているから、恒河沙はソルティーを担ぎ出そうとしているのだが、相手の事までは考えが及んでいない。当然、これを言い出したのも、須臾だと言う事も想像がつく。
「だから、ソルティーもたんけんに行こう」
「行かないと言ったら?」
「おんなじこと五回くらいくりかえしてから、ほかのことかんがえてみる」
「……………………判った、行くから腹の上からどいてくれ」
「やったぁ!」
 根負けしたソルティーの言葉に恒河沙は喜んで其処から身を引き、やっと自由になった体をソルティーは無理矢理ベッドから出した。
 シーツから出てきた体にはシャツは着ていない。眠る時に皺になるのは、服装に無頓着でも気になるからだ。
「………ん?」
 壁掛けからシャツを下ろす背中に視線を感じ、振り返ると間近に恒河沙が立っている。
「なんか、すっごく怪我がおーくない?」
 初めて見たソルティーの体には、大小の傷跡が数多く見られた。背中や胸、腹部のモノは履いているズボンの中にまで続き、腕や肩にもある。大抵は古い傷ばかりだが、どれも一生消えない深い傷ばかりだった。
「よく生きてたな?」
 感心なのか驚嘆なのか、恒河沙は思わずその傷の一つを指先でつつき溜息をもらした。
「生きる為に強くなりたかったからな。少し無茶をしすぎた」
「生きるため? ソルティーつよいのに?」
「どうしてそう思うんだ? 強ければこんなに怪我はしないだろ」
「うん? んとぉ、なんとなく。でも俺の感はよく当たるって、須臾が言ってたから、ぜったいにソルティーつよい」
「勘だ勘。――しかし、確かに当たりそうだな」
 恒河沙の武勇伝は、幕巌や彼の店の者達から聞いていた。
 彼には傭兵仲間の中に特定の喧嘩友達が居るらしく、全員が傭兵の間ではかなり名を馳せるような者達らしい。恒河沙曰く、弱い者虐めはしない、だそうだ。相手が何処まで本気で彼の相手をしていたかは謎であるが、少なくともその手の勘は確かな様だ。
 自分も彼に声を掛けてすぐに喧嘩を売られたのを思い出し、成る程と頷いてみた。
「まぁしかし、今はそれなりに自信はあるが、見ての通り初めから強かった訳じゃない。それにこの目の事もある。色が判らないと、相手の後ろにある色とどうしても区別が付きにくくなるから、それを克服する為に無理をしたかな」
「ふ〜ん……」
 シャツに腕を通す姿を見ながら、想像していた過去を持たないソルティーに恒河沙はなんか嬉しくなる。
 恒河沙が想像していたソルティーは、何でも簡単にこなしてしまう完璧な人間だった。それが、視覚障害があり、強くなる為に傷を作ってまで努力する。それは彼には全然似合わない事だったが、自分と同じただの人なんだと思うと、妙に嬉しいというか楽しいというか。
 そんなうきうきする気持ちに水を差したのも、またソルティーであった。
「恒河沙、探検に連れていくのは良いが、鎧と武器は全部部屋に置いてこい」
「ええっ〜〜〜」
「連れていく条件だ。嫌ならこの話は無し」
「………わかった。置いてくる」
 渋々頷いて恒河沙は肩に担いでいた大剣を外しながら、急ぐように自分の部屋に帰っていった。
 自分の支度を簡単に済ませ、廊下に出たソルティーを待っていたのは、にやけた笑みを浮かばせた須臾だった。
「ご愁傷様でした」
 どんな手で自分が恒河沙に起こされたかを知るその言葉に、ソルティーはばつの悪い顔をする。
「もっと他の言い方にしてくれないか。俺が寝たのはつい先刻の事なんだ」
「それはますますご愁傷様じゃない? それともお勤めご苦労様です? 僕もあいつに無理矢理起こされたんだから、愚痴を言われてもねぇ。まあ、あいつが言い出したら、どうにもこうにも言うこと聞かないとならないけどね」
「確かに……」
「じゅんび・かん・りょーーっ!」
 装備の総てを外し、身軽に出てきた元気な子供の声が宿舎に響く。
 廊下には朝のお勤めをする神官達が数人歩いていたが、その声に神聖な勤めの邪魔をされ嫌悪の目を向けていた。
「大声厳禁」
「須臾まで文句言う……どうして俺ばっかり」
「そりゃぁ、他に注意する相手が居ないからでしょう」
「はいはい…、二人とも、話をするのは此処を出てからにしろ」
「「はーい」」
 引率に従う素直な返事に肩を落とし、二人の無口が続く間にソルティーは宿舎を出る事にした。
 途中一人の神官に自分達が神殿に行く事を告げ、昨日来た道を足早に下っていく。

 昨日入った部屋へは、神殿の裏から通された所為で、内部の様子まで詳しく見る事は出来なかった。まだ朝の勤めに忙しい時間だからか、神殿内部にはそれ程多くの僧服姿は見られない。
「うわぁ〜〜」
 正面から神殿を見上げ、その大きさと美しさに自然と声が漏れる。
 何十年にも渡って掘り出された細やかな彫刻は、外壁だけに留まらず、内部の隅々に施されていた。
 薄い衣を纏った女性、翼を羽ばたかせる小鳥、小さな蕾を今にも開かせようとする花々。それらは石の体を持ちながら、今にも動き出しそうに見えた。
「きれいなぁ……」
「そうだね、本当に綺麗だね」
 建物四、五階分の吹き抜けを仰ぎ、人の創り出した神聖な空間に二人は感動していた。
 どんな思いが此処に宿るのだろうか。
 永い時間を掛け、幾千万の人の祈りから産まれたこの神聖な場所には、命にも似た重みが存在する。ソルティーは此処に立ち、初めて鈴薺が死を認めない理由が判ったような気がした。
 たった一人の男の情念で潰したくはない。
 吹き抜けの入り口で立ち止まって動かないソルティーを、いつからか恒河沙が無言で見つめていた。
――どうして、気になるんだろう?
 気が付いたら何時も自分は彼を捜している。
 傍に居ても傍に居ない気がして、何時も何かを話ていたかった。でも、その話かける事すら出来ない瞬間を、時々ソルティーは作ってしまう。今の様に。
 聞けば答えをもたらしてくれるけど、聞いてはいけない事が多すぎて、恒河沙は苦しくなる事が何時もだった。
――俺に、きょーみないのかな……やっぱり…。
 ソルティーから話を切り出す事が無いのが不安になる。ただの道具に思われるのだけは我慢できない。しかし彼に何かを聞かれた時、自分には何も応える事が出来ないのも事実だから、どうでも良い事しか口に出来なかった。
 ソルティーも自分が答えを持たないと知っているから、何も聞こうとしないのは何となくだが理解していた。
 だから余計に恒河沙は自分に苛立ちを感じ始めていた。
「……戦いてぇ」
 そうすれば多分何も考えなくて済む。
 短絡的な方法だったが、そうすれば確実に今の苛立ちから解放されると思った。
「恒河沙」
 静寂な神殿に須臾の声が響く。
「こっちに来てごらん」
 手招きされるまま、神殿の中央奥に在る祭壇へ恒河沙は向かった。