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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 横に座っていた苑爲の視線の先に在る、広間の扉の横に端雅梛がソルティーに目配せをし、廊下に出ろと言う素振りを見せる。
 手を着けていない食事に一度視線を下ろし、大きくまた溜息を吐く。
「判った。恒河沙、俺の分も食べてくれ」
「へぇ? ソルティーはどうすんだよ?」
「俺は少し用事が出来た。食事が終わったら直ぐに部屋に戻るんだ。周りに何を言われても、相手にならないように。良いね? ――須臾、頼むぞ」
「…………うん、わかった」
「はいはーい」
 音を立てないように静かに椅子から離れ、端雅梛が待っている廊下に向かう途中、一度振り向いて二人の様子を確かめ、一応今はおとなしくしているのを確認すると再度前に足を進めた。
 廊下には端雅梛が不満そうな視線を隠そうともせず、ソルティーが来たのを確認すると先に歩き出した。
 そして冷淡な言葉を連ねた。
「もう少しまともな者を雇えなかったのですか? あんな野蛮な……」
 歯に衣を着せぬ端雅梛の言葉は、ソルティーには認めたくても認められない事だった。
 端雅梛にすれば、食事場にも武器を持ち込む彼等は、非常識甚だしいのだろうが、それは彼等に死ねと言っているのと同じだ。
 それに、ソルティーも此処の教えは納得できない。
「俺は俺に必要な者を雇ってだけだ。君にどうこう言われる筋合いは無いと思うが?」
「それはそうです。しかし、此処は我らにとって聖域です。この場所を傭兵などと言う野蛮な、金と言う欲に浸かりきった愚かな者に踏み荒らされたくはない」
「端雅梛と言ったな……」
 ソルティーは端雅梛の肩を掴み、その体を壁に押しつけた。
「君達が彼等をどう思おうとそれは勝手だ。しかし、彼等の生き方まで否定する権利など、君には無い事は覚えておいて貰おう」
「……まさか貴方までこんな暴力を行うとは、思っていませんでしたよ」
 ハーパーがこちらへ来てから何があったか判らないが、少なくとも端雅梛達の様子を見る限り、多大な尊敬を得られてはいる様である。そのハーパーが主と傅く者ならばと、そんな思い込みがソルティーへ向けられていたのだろう。
 しかし所詮は武器を持つ人種でしかない。と馬鹿にし、端雅梛はソルティーを押し返そうとするが、更に掴まれた力が増し苦痛の表情を浮かべる。
「これが暴力? 暴力とは、一方的に相手を否定する者がする行為だ。彼等は確かに金で動くが、それは生きる為だ。自分達が守らなくてはならない物を、守り抜く為だ。――君は自分達が世界を救えると思っているかも知れないが、現実から逃げ出し、自分で考える事も止め、死を見つめるしか出来ない君達には、生きようとしている者は誰一人として救う事など出来ないと言う事は知っておけ。こんな閉鎖された場所に居続けて、世界が理解できると思うな」
 信仰を否定するつもりはない。
 ただ戦が現実として目の前に迫っていてもなお、何もせずに受け入れるだけの姿勢が腹立たしい。
――こんな者の為に……。
 多くの民が犠牲になる。
 押し止められない悔しさが心の中に広がり、これ以上彼の言う暴力を行わない為に腕の力を抜く。
「それを貴方は理解できると?」
「理解しようと足掻いている最中ではあるが、少なくとも、君よりは現実を見てきた者の言葉だ。経験は生きた年数を言うんじゃないならだが」
「なるほど……。判りました、貴方の言葉胸に刻んでいましょう」
 言葉とは裏腹な嘲りを含んだ笑みを浮かべると、乱れた髪を整えながらソルティーの手を丁重に退けると、端雅梛は何もなかったように廊下を歩きだした。
「しかし、貴方の知る世界と、我らの知る世界が違うと言う事も、考慮しては戴けませんか。此処での秩序を乱されては困ります」
「判った」
「では、大司祭様がお待ちしております。急ぎましょう」
 端雅梛の態度は変わりないものだったが、これで自分も彼等から目の敵にされるのは予想できた。
 それでも気分は随分と晴れやかなものだった。
 恒河沙達を弁護する言葉だったが、総ては自分の為に語った言葉だったのは確かだろう。
 剣を持ち、剣で生きる者として、それで良いと思った。


episode.4 fin