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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「あれもそれに似ている。大気中に水分が含まれているのは知っている?」
 それには恒河沙は首を振った。
「含まれているんだ。彼はその水分を使い鏡の様な物を創って、本来の姿とは違う姿を周りに見せられる。どういった事をしてそれが出来るのかは判らないが、ハーパーにはそれが出来る」
 多分恒河沙に説明しても理解できない水準での原理を、態とソルティーは省いた。自分も知らない事にしておけば、恒河沙も納得すると思ったし、そうなった。
 ハーパーの周りを見ると、確かに空中で不自然に雨が弾かれている。それが彼自身の姿が変化しているのでは無い事の証明だと恒河沙でも知る事が出来た。
「ふ〜ん、すごいこと、なんだよな?」
「ああ、人には理の力を使わない限り不可能だよ」
「そうなんだ」
 誰にも出来ない事をハーパーがしているのを自分の事のように感心して、恒河沙は小走りでハーパーの横に立った。
 少しの間ハーパーの創った幻と、本来の顔の位置を気にして歩きながらそれを見比べていたが、取り敢えず見えている頭の上の方に話かける事にした。
『ハーパー、ハーパー、おれ、こーがしゃ。これから、よろしく』
 嬉しそうにぎこちない言葉で話しかけられ、ハーパーの幻は無表情に見返していたが、上にある本来の顔は困惑していた。
 ハーパーは一端立ち止まると、後ろを歩くソルティーに助けを求めた。
『言葉を教示したのか』
 苦笑しながら自分の横にソルティーが来るのを待ち、それからまた歩き始める。
『ああ、向こうに着いてからでは遅いと思った』
『確かにそうではあるのだが、これから話を限定せねばならぬ』
『仕方ない。難なら……戻せばいい』
『御意に従おう』
 早口になった二人の言葉をまだ聞き取れない恒河沙は、拗ねた様に口を尖らせた。
「ソルティー、俺、まだちゃんと話せてないのかな……」
 ハーパーに無視され、二人の話は分からない。酷く傷ついた表情を浮かべる恒河沙にソルティーは溜息混じりにハーパーを見上げ、
『ハーパー、これから無視無言無関心を禁ずる』
『御意。恒河沙と申したな、先程は悪かった。なかなか筋が良いので我は驚いたのだ、これからもなお精進し、一日でも早くリグスの語らいを習得する事を我は心より願っている』
 殊更ゆっくりとハーパーは言葉を並べたが、彼の話す言葉は難しい単語の羅列にしか聞こえず、結局横に居るソルティーに助けを求めた。
「……なにがいいって?」
「筋が良いって。早く言葉を覚えて、もっと話が出来るのを楽しみにしているって」
『ありがとう!』
 満面の笑みで恒河沙はハーパーに言うと、後ろの方でゆっくりと歩いていた須臾の元に駆け寄っていく。きっと自慢するのだろう。
 その後ろ姿を嬉しそうに見るソルティーにハーパーは語りかけ、ソルティーも前を向いてそれに応えた。
『気になるのか?』
『まあ、此処に来るまでに様々な事が有ったからな』
『……もう一人も教えたのか』
『いや、彼は向こうに着いてから、女性の寝物語で覚えるらしい』
 ハーパーは露骨に表情を曇らせたが、それが自分達にとって事を進めやすい事にも繋がると判断し、自分の倫理観を主張する事はやめにした。
 少なくともこの擣巓での事が済むまでは、恒河沙にも自分達の話を聞かれては困るが、現時点の恒河沙の理解力を察すれば、余り気にする程度では無いことも判り、取り敢えずは安心してソルティーと話が出来ると思う。
『主よ、彼等に事の次第は告げたのか?』
『いや。此処の様子を確かめてからにしようと思っていたから、まだ何も話ていない。それより、お前が彼等と来たと言う事は、リーヴァルとの話は出来たと考えても間違いはなさそうだな』
『済ませている』
『そうか、これで一息付ける』
「ソルティー様」
 それまで何も話をせず前を歩いていた端雅梛が急に、険しい顔をしてソルティーの横に身を置いた。
「その名、二度と口にする事、無用に願います」
「……判った」
 ソルティーの言葉を聞き遂げ、端雅梛はまた自分の位置に戻った。
 紫翠大陸の住人にとって、覇睦大陸の者はある意味客人だ。決して此処での暮らしを遂げる為に来た者ではなく、帰る者である。此処で自分達の暮らしに介入して欲しくない、招かれざる客。
 その覇睦大陸の者が名を変え、剰え大陸信仰とも言うべき聖聚理教の大司祭の地位に居るのは、許されざる愚行とも言え、その罪は如何なる大罪よりも重く、厳しいと聞く。
 現在の名を鈴薺(りんざい)と言い、聖聚理教の大司祭に登り詰めた彼の過去は、誰にも知られてはならない極秘事項だった。





「只今大司祭様をお呼びいたしますので、暫く此方の部屋でおくつろぎ下さい」
 神殿内の一室に通され四人を残して端雅梛は退室した。
 御丁寧にも扉の鍵を掛けて。

 ソルティー達が擣巓の王都天駕縊(てんがい)に着き、王城よりも奥に造られた神殿に入ったのは、大扉を抜けてから七日目になる。
 王都の様子に須臾はまず訝しさを感じた。
 何かに目を光らせる感じとでも言うのか、緊張した顔つきの僧兵の多さは普通ではない。国柄もあって確かに僧兵が多いのは理解できたが、和やかな表情と雰囲気に包まれている反面、住人との親睦を深める者の姿は割合少なかった。
 何より、彼等が微かに見せる他の宗教僧に対する警戒心は、この国を外から知る須臾には信じられない光景と言えた。
「最近何か有ったの?」
 神殿に入る前に須臾は小声で端雅梛に訳を聞いたが、此処で話す事ではないと答えを退けられるだけだった。
 もとより自分達が好かれる者ではないと知っていて話かけたのだが、その答えが“自分に話す事ではない”ではない事に須臾は安心した。
――話が漏れては困るって事か。なら、やばい状態な訳だ。
 荘厳な神殿を見上げ、自分の推測が多分間違いでは無いと須臾は考える。ソルティーが危惧していた通りに、須臾は一握りの情報でこの国が抱える問題を悟ってしまったのだ。



 鈴薺を待つ間、ソルティー達が話をする事は無かった。
 ソルティーとハーパーは総ては鈴薺が来てからだと思い、須臾は擣巓の実状を色々と試行錯誤を繰り返し、恒河沙一人だけが街で食事が出来ずお腹を減らして話をする気力を無くしていた。
 そうして窓からの光が幾分動いた位に、部屋の鍵を外した端雅梛が二人の人間を連れて戻ってきた。
「大司祭様です」
 端雅梛が慇懃に紹介したのは、髪も顎に長く延ばした髭も白くなった老齢の男性である。
 頭を下げたままの端雅梛の横を通り過ぎた大司祭鈴薺は、やや楽しげな表情を浮かべながらソルティーの前に立った。
「貴公がソルティー殿でいらっしゃるな」
「ああそうだ。貴方が鈴薺か?」
「ソルティー様! 大司祭様に向かって呼び捨てとは!」
「良い、端雅梛。こちらの方々は信徒では無いのだ。それにこれからの事もある、気を使わせる訳にもゆかぬ」
「……判りました」
 鈴薺に宥められその言葉に渋々端雅梛は従うが、彼の視線は三人への不信感を感じさせる冷徹な眼差しで向けられていた。
「いやいや、端雅梛の言葉申し訳ないな。私が鈴薺だ、これから暫く宜しく頼む事になるソルティー殿」