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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 確かにその余りの元気の良さに疲れを感じる事は、これまでに多々あった。しかしその反面、自分を創らずに居られる分、気が楽になっている感じがする。随分と昔に無くした子供らしさは羨ましく、心地よかった。
「なぁ、ずっと言うの忘れてたんだけど」
 赤みの取れていない顔を俯かせたまま、小さな呟きが聞こえた。
「ん?」
「耳。男がつけるのおかしくないか?」
「耳? ――ああ、これか? 確かに男が付ける分にしては変だな」
 髪を掻き上げ、笑いながら恒河沙の言葉を肯定する。
 恒河沙はそれを聞いて、何故か少しホッとした。
「だろ?」
「しかし、これは外せないんだ」
「どうして、ぜったいへんだよ。女じゃないのにそんなもんじゃらじゃらつけて」
 “じゃらじゃら”と言われる程も飾りは派手ではなかったが、恒河沙から見れば男性が飾りを付ける事自体普通では無いのだろう。
 種族によっては飾り立てる事で自分を誇示し、力を得ると言われているが、ソルティーのそれはとてもそんな風には見えない。何より基本的に似合う感じがしない。
 もっと言えば、何となく嫌だった。
「そんなに変かな?」
「めっちゃくちゃへん!」
「……きっぱり言い切るなあ。でも、これは外さない」
「どうしてぇー、はずした方がいいよ。その方がぜったいいい! それにいつもかみでかくれてんだからはずしてもいいだろ!」
 ムキになる恒河沙の言葉を聞きながら、ソルティーは少し考えて真面目な顔に戻り、
「恒河沙、俺はこれを外すと溶けて無くなるんだ」
「はぁ……?」
 思わぬ答えに呆れる恒河沙をソルティーは笑った。
「そんな……子供に言うじょーだんを、まがおで言うなっ!!」
 子供扱いされたと思って怒る姿に、ソルティーはもう一度笑った。
「なんだよ……うそつくならもっとましなやつにしろよ。そう言うの、俺、きらいだ」
 足を大きく振り、拗ねてしまった恒河沙に、溜息をつく。
 こうも直ぐに機嫌が損なわれるとは、判っていた様で判っていなかった。
 やはり自分には子供のお守りは無理だと感じながらも、このまま怒らせておくのも気が引ける。そんな考えを巡らせてから真面目な声を出した。
「これは、お守りだから外せない」
「それも、また、うそか?」
「信じて良いよ。これはある人から貰った大事な物なんだ。自分が自分である為に必要な物をこれが与えてくれると言っていた」
「自分が自分であるため?」
「ああ、生きる力見たいな物かな。勇気とか、希望とか、そう言う目には見えない物」
「ふ〜ん……。でぇ〜だれがそれをくれたのかなぁ〜〜?」
 あからさまに勘ぐってます、の表情で顔を上げた恒河沙に、ソルティーも呆れる。これは見るからに須臾の悪影響だ。
 取り敢えず、はぐらかすかどうしようか考えたが、下手に言い訳めいた物なら余計に変に思われそうで、それを避ける為にある程度正直に話す事にした。
「女性だよ」
「えっと、…“こいびと”って奴? 須臾がよくそう言うの言ってた」
「いや、綺麗な人だったが、どちらかと言えば母に近かった。その人の為に何かをしてあげたくなる人だったが、恋人にしたいとか思えない人だったよ。多分、そう思っていたとしても、俺には高嶺の花だっただろうな」
「……だからだいじなんだ、それ」
――その人にもらった物だから、はずせないんだ。
「まあそれも有るかも知れないが、お守りだと言われた物を簡単には外せないだろう? それに、これを付けてから何年も経つから自分の一部みたいで、外す事が怖いな」
「こわい? ソルティーでもこわいのあるんだ?」
 何故だろうか、彼にはそんな感情は無いと思っていた。
「普通は誰にでも有るよ。恒河沙にも有るだろ?」
「俺? 俺は……う〜〜〜ん、そうだなぁ、ゆーれーの話とか、けばいねーちゃんに追いかけられたりとか、須臾におこられたときとか……」
「…………」
「あと、一番こわいのは、食べ物がなくなるのがこわい。たまにゆめ見るんだよ、目の前にあっためしがだんだんきえていって、さいごにさらまできえるんだよぉ〜〜」
「………っ………はぁっはは」
 その夢を思い出し、本気で怖がる様子が楽しくて、ついにはソルティーも堪えきれず吹き出し、声を挙げて笑い出した。
 恒河沙がその夢で魘されている姿が目に浮かぶし、夢の中でどんなに焦って食べ物が消えるのを食い止めようとしていたかも想像できた。見る夢でさえ子供なんだと思うと、堪えようとしてもソルティーの笑いは収まらなかった。
「そんなに笑うことないだろっ! 俺、ホントにこわかったんだからなっ!! 笑うなよっ! 笑うなったら、笑うなぁ〜〜!!」
 目に涙を溜めて怒る姿を見てソルティーの笑いは一層酷くなり、恒河沙も最後には諦めた。
 恒河沙と居ると素直に笑える自分を感じる。
 もし今の自分が自分でなければ、傭兵と雇い主ではない出会いをしたかった。そうする事が出来たなら、怖い物を感じない、楽しい生涯だったろうと、今の瞬間が少しでも永ければ良いのにと、心からそう思った。





 翌日の朝は、普段よりも遅く三人に訪れた。
 此処までの強行軍もあったし、まず今日は此処を出発しないだろうとも思っていたからだ。
 昼食に近い朝食を食べた後、須臾は昨日自分だけ買えなかった替えの服を買ってくると、強制的にソルティーから金を奪い早々に出ていった。
「今日はこれからどうすんの?」
「……そうだな、買い物は昨日済ませたし、やる事が無いな」
 三階に借りた部屋への階段を途中で止まり、するべき事を考えたが、ハーパーを待つ事位しか思いつかない。聞いた恒河沙も自分にする事が無いから、ソルティーに聞いて用事が有れば良いな程度の言葉だったが。
「今日一日、勉強するか?」
「俺のあたま、こわす気か?」
「そうだな、これ以上……」
 からかうつもりで言った言葉をソルティーは止めた。
「これ以上なんだよ……ん?」
 ソルティーの視線が自分を通り越し階下に向けられているのに気づき、振り向いて確かめると、其処には薄い水色の僧衣を纏い、頭には円筒の帽子を乗せた青年が二人を見上げていた。
「ソルティー殿でいらっしゃられますか?」
「そうだが」
「良かった。私、ハーパー様に言伝を仰せつかりました、聖聚理教神官の帆南(ほな)と申します」
 右手を腹部に置き、帆南は丁寧なお辞儀をソルティーに見せた。ソルティーは帆南の居る踊り場まで一端下り、恒河沙も後に従う。
「ハーパーは来ているのか?」
「いいえ、ハーパー様は壁門でお待ちするとの事なので、私がその案内をさせて戴きます。ですが、ハーパー様からのご説明では、お連れの方はお二人だと聞き及んでいましたが」
「もう一人は買い物に行っている……、恒河沙、済まないが須臾を捜してきてくれないか? 出来るだけ早く」
「わかった」
 階段を飛び降りる勢いで恒河沙は走って宿を出ていく。
「ハーパーの使いが君だと言う事は、話は着いていると言う事だな?」
「それは直接お聞きになられるのが宜しいかと。私はその任に在る者では在りませんので。ただ、大司祭様から直々に、ソルティー殿を丁重にお招きしろとの命を戴きました」