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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 数人の掛け声を受けて二人が奥へと向かうと、其処は街の質素な佇まいからは懸け離れた世界になっていた。
 璃潤が機織り物と染色の国だからだろうか、目眩がしそうな色と真新しい布の匂いに気圧され、恒河沙は暫くソルティーの後ろから離れる事が出来なかった。
 奔霞はそう言う意味では、無骨な位におとなしい色しか店に用意されていなかったのだろう。
 店の中は大半が布の切り売りだ。
 縫う事がそのまま念を封じる作業とも思われ、大抵何処の家でも身に纏う服を家族が造る。それが出来ない者だけが店で造った物を買っていた。
「お前も買うか?」
「いいのか?」
「こういう物も、必要経費の内だろ?」
 自分のシャツを摘みながら聞くソルティーに、暫く考えた後恒河沙は「いる」とだけ応えた。
 店の奥まった一角に作られた縫製済みの服が並べられた場所まで来ると、買って貰えるとはしゃぐ恒河沙と離れ、ソルティーは一人で掛けられた服を眺める。
 自分の顔同様に服にも関心が無く、着られれば何でも良かった。が、自分の目に映る色とりどりの服に不安を感じた。暫く服を見つめ続け、結局最後は仕方なくなり店員を呼ぼうとした時、恒河沙に腕を掴まれた。
「ソルティー、あれとって」
 恒河沙が指さしたのは一段上に掛けられた服だった。
「あの青いのがいい」
 ソルティーが服を選んでいる間、必死に取ろうとしたがどうも身長の所為で取れない。近くに踏み台は無いし、女性の店員に頼むのは悔しくて言うに言えなかった。
「とって……」
「………どれだ」
「あの青いの」
 同じ形の服が並ぶ其処を見て、思いっきりソルティーは悩んだ後に恒河沙の指の先に在ると思われる一つを取った。
「……それ……赤……」
 不思議そうな顔をする恒河沙にその赤い服を渡し、
「店員を呼んでくる」
 辛い表情を浮かべソルティーは店員が居る場所に逃げた。
 残された恒河沙は赤い服と自分が選んだ青い服を見比べ、今まで気付かなかったソルティーのもう一面を知った。
「……もしかして…色、わかんないのか?」
 幾ら恒河沙でも色を間違う事は無い。似通った色合いならまだしもだ。
 それにソルティーの見せた表情も、恒河沙にたった一つの答えを導かせた。
――だから俺の目のこと、なんにも言わなかったんだ。
 店員を連れて戻ってきたソルティーは、自分の服も店員の見立てに任せ、支払いを済ますまで恒河沙に何も話をしようとしなかった。
 ソルティーの視界は、白から黒で成り立っていた。
 だから恒河沙が綺麗だと思った森の風景も、彼には何の魅力も感じられない物だった。目映い光も、微かな木漏れ日も何もかも、彼には意味のない物でしかない。
 他人には判るが、自分は判らない不安がソルティーとの共感だったのだろうか。
 ソルティーの背中を見つめながら、足りない頭でどうしようかと悩む。
――でも、このままじゃいやだな。
 何が嫌かは思いつかないが、兎に角行動だと感じて、そのままソルティーを呼び止めた。
「あそこ、よってこ!」
 服屋に行く途中見付けた公園を指し、恒河沙はまたもやソルティーを無理矢理引き連れ公園の椅子に腰掛けた。
 公園には何組かの親子と年輩の男性しか居なく、その姿を少しの間何も話をせず見ていたが、恒河沙が何から話をしようか迷っていると、ソルティーの方が話を始めた。
「目の事が聞きたいのだろ?」
「……う、うん。病気かなんか?」
「似たような物だな。生まれ付きじゃないから」
「いつから……、あ、うぅ…ごめん……」
 其処まで聞く権利が無い事に気付き、恒河沙は落ち込んだ。
――俺だって、聞かれていやなことあるもんな。
 自分が言葉にした事を反省する姿を見て、ソルティーは口元に笑みをこぼす。
 人は自分が安心する為に、他人の傷を見たがる。
 恒河沙がそれを本当に嫌っているのが判って嬉しいと感じた。
「十八からだ。気が付いたら色が見えなくなっていた」
「……ごめん…」
「良いさ、別に。何時かは知られると思っていたんだ。三月も隠せていたのが不思議なくらいだ」
「うん、ぜんぜんわかんなかった。ソルティーかくすのうまいな」
「何年もこうだから、いい加減慣れる。それに、生まれつきではないから、記憶にある色をある程度参考に出来るし、慣れればそれ程の苦もない」
 別にこれと言って不快な感情を表に出さず話をしてくれたソルティーに、恒河沙は嬉しい気持ちが沸き上がる。
「まあ、ああいった場所は困るが、選んで貰えればそれで済む事だし、二人に教えなかったのは、変な気遣いをされたくなかったからだ。障害が有ると思われたくなかったのも有るかな、見栄になるけど」
 そう言って苦笑い。
 この雇い主は、やはり今までの者とは違う。須臾が言っていたように、確かにそれなりの地位を持っているらしいと思う。
 ちゃんとした良い教育を受けているからこそ、自分達のような下の者にも優しくしてくれる。
――でもときどきこわくなるけど。
 二回だけそう感じたことがあるが、今でもそれを引きずるほどではなかった。
 基本的に優しく出来ている彼を見ていると、心地よい風が吹いた。
――うわぁ、きらきらだぁ。
 風に玩ばれてそよぐソルティーの髪が、陽の光に輝いて見えた。そんな眩さが似合う空と同じ色をした瞳が、自分と同じ世界を見られないのが、何となく悲しく感じた。
「もう一回、見たいと思ったことある?」
「……無いと言えば嘘になるが、子供の頃に大抵見てきたし、思い出しも出来るからな。悔しいと思う気持ちは有るが、仕方がないと思えるまでにはなってる」
「そう、なのか」
 まるで別に記憶が戻らなくても良いと思っている自分と同じだ。それが妙にくすぐったくて心地良い。
「でも、本当にもう一度色の世界に戻れるなら、恒河沙、お前の目が見たい」
「えっ?」
 思いがけない台詞に驚いてソルティーをまっすぐに見て、その顔が真剣な事を知り恒河沙は真っ赤になった。
「悪いと思ったが、幕巌に聞かされたから仕方ないと思ってくれないか? 綺麗な色なんだろ? これは」
 ソルティーの指が目元近くに触れ、恒河沙は益々赤くなる。
 気味悪がられる事は有っても、綺麗だと表現された事は初めてだ。須臾の話からだと生まれ付きらしいが、周りに誇れる事ではなかったし、喧嘩のきっかけは大概この異様な目が原因だった。
 だから恒河沙は自分の目が大嫌いだった。
「知らないから……言えるんだ。きしょくわるいだけだよ、こんなの」
「かも知れない。けど、俺は見たいと思っている。多分もう二度とこの目に色は戻らないから、綺麗だと信じさせてくれないか?」
――私が生きている間だけでも。
 まっすぐに交わされた視線を振り切り、恒河沙は俯いた。
「かってにすれば良いだろ。どうせそんなこと言うの、あんただけなんだから」
「ああ、勝手にする」
 それから恒河沙がなかなか収まらない真っ赤な顔を元に戻すまで、ソルティーは何も言わなかったが、その口元から笑みは消えなかった。
 恒河沙と話をするのは何となく落ち着く。