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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「杜牧を実際その目で見て貰えば、俺の話も頷く事が出来ると思うが、俺には此処で悠長に過ごす時間がない」
「本当に本当なんだな?」
「信じないならそれでも構わない。しかし、時間を掛けて総てを見極めた後、疑って悪かったで終わらせるつもりもない。俺には時間が無い、一日でも早く此処から出て、しなければならない事があるんだ。此処で足止めされて事に遅れる事にでもなれば、護宇澗、貴方の命一つで終わらせられると思うな」
 鋭く研ぎ澄まされたソルティーの視線を、護宇澗は全身に冷水を掛けられた気分で受けた。
 此処に長く居るような事にでもなれば、ソルティーは本気で護宇澗に刃を向けるだろう。そして必ず命を失うのは自分だと判る。
「……判った、あんた等を長居はさせない。主とも杜牧の話をするだけにする」
 全身に沸き立つ悪寒を堪え、力無く天井を仰ぎ見た。
「どちらにせよ、あんた等には無理な事だと思うが」
「そうだ、森の支配下に置かれている村を入れ替えるなど、人に出来る筈がない」
 人に在らざる者の仕業としか考えられないが、では一体誰が何の為にと言う疑問は解消されない。護宇澗も管理者と話をしなければならない必要性を感じてはいるが、その答えを当てにはしていなかった。
 そうでなければ、杜牧が消えた事実を護宇澗は知っていた筈だ。
 森の契約住人が森の事を知らないのでは話にならない。
 ソルティーの言う通り森の中に干渉するなど、外の人には幾ら力が有ろうと無理だ。だから森は何百年何千年と在り続けた。
 その完全な物に対する何事かが出来る者は、管理者すら動けなくする力を持つ者でしかない。故に、管理者は護宇澗に何も伝えなかった。
 いや、伝えられなかったと言うべきか。
「なんて砂綬達に説明すれば良いんだ……」
 お前達は管理者に守って貰えなかったんだとはとても言えない。それは自分達にも当て嵌まる、辛い言葉だ。
「それは貴方が考える事ではない。何の為の管理者だ」
「言われるまでもなく、判ってはいるがな……」
 同じ住人として、事の次第ではとんでもない事になりそうな予感を、簡単には護宇澗は払えなかった。



 ソルティー達は護宇澗への半分脅迫に近い訴えが実り、翌日には翆窯を発つ事になった。
 砂綬達を心配するあまりに恒河沙があと数日の滞在を訴えたが、冷たく拒否されるだけだった。
 残っていても何の力にもなれない。寧ろ自分達への疑いが持ち上がらないとも言えない。何の為にわざわざ森を通ってきたのかと言われれば、悔しいが傭兵としての立場を理由に黙るしかなかった。

「砂綬と毛羽は責任を持って預かる。此処から河南の外まではこっちの案内人を用意するから」
 護宇澗の言葉通り、朝に新しい案内人が三人の元へ訪れた。

「恒河沙ぁ〜〜元気でねぇ〜〜」
「砂綬もぉ〜負けるなよぉ〜〜。がんばれよぉ〜〜俺ぇ、ずっと、ずーーっとおーえんしてるからぁ〜〜」
「うん〜〜、ありがとうぅ〜〜〜」
 異様に間延びした別れを抱き合いながら繰り返す二人を余所に、ソルティーと須臾は毛羽と園羅に極普通の挨拶を交わした。
「皆さんには大変迷惑を掛けてしまって、どうお詫びをすれば良いのか……」
「いや、何も手伝えなくてこちらこそ済まない」
「心配しなくても、この子達の面倒はちゃんとあたしらが見るよ」
「毛羽、元気だして」
「はい! これからどうなるか判りませんが、砂綬となんとかやっていきます。餌さんも、お仕事頑張って下さい!」
「……餌さん? ……はは…はぁ」
 毛羽の言葉に気落ちする須臾を笑い飛ばし、ソルティー達は恒河沙を引きずるように村を後にした。

「砂綬ぅ〜毛羽ぅ〜! 元気でなぁ〜〜」
「恒河沙もぉ〜頑張ってねぇ〜〜! またぁ〜帰りにぃ〜〜河南にぃ〜来てねぇ〜〜!!」
「ああ! ぜったいにぃ、ぜーったいにまたぁ遊ぼうなぁ〜〜!!」
「うん〜〜! 絶対だよぉ〜〜! 約束だよぉ〜〜〜!」
「ぜったいの約束だぁ〜〜!!」
 互いに千切れそうになる位腕を振り、姿が見えなくなってもそれは続けられた。



 護宇澗がどういう結果を管理者から得たか、ソルティー達には知らされる事はない。
 ただこの先も、河南は森を維持し、契約住人達は森から離れる事は無く、紫翠大陸で森の脅威を保ち続けた。

 そして、恒河沙と砂綬の約束が果たされる事は、この先永久に無かった。
 それはだけが事実だ。


episode.3 fin