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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「うん〜〜」
 手放しとは言えないものの、ひとまずはこれで管理者との話が出来るだろう。そう思えば毛羽と一緒に安心して、手を繋いで喜ぶことは出来た。
 その様子を見つめるソルティーだけは一人浮かない顔をし、それに気付いた須臾が彼の側による。
「どうしたの?」
「いや、普通すぎると思っただけだ」
 砂綬達が先に村へ入るのを見ながら、その何の危険性も感じていない様子におかしさを感じた。
「確かに……変だね。此処には管理者と通じる人が居る筈なのに」
「ああ」
「須臾、ソルティー! なにしてんだ?! 早くこっち来いよ!」
 相変わらず砂綬に引きずられる恒河沙が二人に手を振り、二人は此処で考えても仕方がないと、彼等の後を追った。

 翆窯は猿族住人の村だったが、砂綬達とは違い須臾の様に人間に近い外見を持っていた。
 誰もが普段通りの生活に勤しみ、表情には些かの不安も浮かべていない。
「あら? 毛羽じゃない? 今回は遅かったねぇ」
 五人が村に入った処で、少し離れた場所で何かを運んでいる途中だったのか、網籠を担いだ年輩の女性が声を掛け、毛羽はその姿を見た途端に泣き出し、彼女の胸に駆け込んだ。
「おばさん〜」
「あらあら、どうしたの毛羽。何時も元気なお前らしくないじゃない」
「おばさん……あたし……あたしぃ……」
 しゃくり上げて言葉が巧く繋がらない毛羽を困った様に見つめ、女性は暫く毛羽の好きなようにさせていた。
「園羅(えんら)おばさん〜〜お久しぶりですぅ〜〜」
 恒河沙の縄を解き、砂綬も園羅に走り寄る。
「おやまぁ、あんたまで。どうしたんだい? あんた惣侘付きだろう?」
「それなんですがぁ〜〜、村がぁ〜杜牧がぁ〜〜無くなっちゃいましたぁ〜〜」
 其処まで言い、砂綬も気が抜けたのか、初めて涙を流した。
「おばさん〜〜助けて下さいぃ〜〜」
「あんた達……夢でも見たんじゃないの? 村が無くなるなんて、そんなこと……」
「本当だ。杜牧が在った場所は、ただの草原になっていた」
「あんた達は?」
「俺達は砂綬に案内を頼んだ者だ。その途中立ち寄る筈だった杜牧が無くなっていたのを、俺達はこの目で見た」
 ソルティーの話に須臾と恒河沙も頷き、園羅は信じられないと砂綬を見たが、砂綬の返事も同じだった。
「信じられないのは無理もないが、紛れもない事実だ。誰か確認に廻しても良いが、それよりも、管理者と話をする方が早いのではないかと思う」
「……砂綬、毛羽、本当なんだね?」
「うん」
「はいぃ〜〜」
「判ったわ。取り敢えず族長に話をしないとなんないね。あたしには難しい事はわかんないからね。河南の客人達も、申し訳ないけど一緒に来てもらえないだろうかね。砂綬一人じゃ心許ないから」
「ああ、そのつもりだ」
「おばさん、ありがとう!」
「毛羽はあたしの家においで。女の子一人で大変だったろう? 疲れを癒さなくてはね」
「うん……」
 毛羽を労りながら園羅はソルティー達を族長の家へと案内し、
「子供が大人の話に入るもんじゃない!」
 と、恒河沙を連れて自分の家へ向かった。



「……で、お客人」
「ソルティーで結構だ。須臾も構わないだろう?」
「良いよ」
 村の中心に建てられた翆窯の族長、護宇澗(ごうかん)の家に入り、挨拶もそこそこに杜牧の話に持ち込まれた。
 話の中心になったのは、砂綬ではなくソルティーだ。
 砂綬の口調は時間が掛かりすぎると、護宇澗がそう告げたから。
「ならソルティーさん、杜牧が無くなったのは何時の話だ」
「毛羽の話からすると、十八日位になる。光に包まれた後、一瞬で彼女の前から忽然と消えたらしい」
「残っていたのは、真っ新な草原だけ」
「おかしな話だな、そんな話聞いた事もない」
「俺達もだ。きっと誰もこんな話は聞いた事はないし、だからこそ砂綬達はこうも困惑している」
 とても族長などの管理職に在るとは思えない立派な体格を揺らし、護宇澗は天井を見上げる。
 信じられない話だが、砂綬の様子から嘘を言っているとは思えないし、何より嘘を言う理由もない。だが、管理者と繋がる自分に、何の話ももたらされていない事も事実だった。
「ソルティー達は何時まで此処に居られる?」
「そう長くは無理だな、こちらにも用事がある。三日が限度だ」
「そうか……。おい、砂綬」
「はいぃ〜〜」
「一度こっちから杜牧の様子を見に行かせる、主には俺から話を聞いてやる」
「護宇澗様ぁ〜〜」
「悪いようにはしない。今までの付き合いだ、この村に居ろ。後の事は主と話が付いてからだ」
「判りましたぁ〜〜、本当にぃ〜〜ありがとうございますぅ〜〜」
 深々と護宇澗に頭を下げ、砂綬はやっと落ち着く事が出来た。
 その後、これと言って話が進展せず、砂綬達は護宇澗の家を出る事になったが、ソルティーだけは其処に残るように言われた。
 “砂綬と毛羽だけが困惑している”と言ったソルティーの言葉の裏を、護宇澗がちゃんと汲み取ったからだ。
 護宇澗と二人きりになってから、暫くソルティーは彼の疑心に満ちた眼差しを受け続けた。どう話を切り出そうかと迷っている節もあり、自分から話し出そうと思った矢先に、やっと彼から話が始まった。
「別にあんた等を疑っている訳じゃないが、本当の処の話を聞かせてくれないか?」
「ああ、結界が敷かれていたんだ。村が消えた訳じゃない、村と結界を入れ替えた様だった」
「村全部をか?」
「そうだ。ただ単に結界を村に敷いたのではなく、村に併せて大地を入れ替え結界を敷いたと考えた方が良い」
 そうでなければどこかに変化が有る筈だ。
「しかも、呪界は地中に広がっている」
「そんな馬鹿な! 結界が地中だって?!」
 護宇澗が思わず立ち上がってしまうほどに、やはりソルティーの下した結論は有り得る話ではなかった。
 精霊干渉の理の中で、相反する精霊の性質を理解していれば、こんな事を言う者は誰一人として居ない。結界・封印は風の精霊の支配に在る。風が大地に入り込む事は出来ないし、大地が空に浮かぶ事も出来ない。それが自然の摂理だ。
「とても信じられないな」
 いや、信じてはならないのだと思う。
 ソルティーの話は、これまでの世界の摂理を覆す話であり、信じてしまえば自分達の足下が崩れてしまう。
 護宇澗は無意識に寒くなる背中を感じながら、それでもすぐさま冷静さを表面上は取り繕い、元の場所へと腰を下ろした。
「それでも構わない。俺は俺が感じた事を言ったまでだ。そのまま鵜呑みにして貰えるとも思っていない」
「ならば何故、俺に話す?」
 ソルティーは態と含みを持たせて語り、護宇澗はそれに乗らざる終えない状態だった。
 砂綬と同じように判らないと言っていれば、それはそれで良かったのだ。
「疑われては困るからだ。このままでは管理者との話が済むまで、此処に足止めをさせられそうだ」
 そう言われてやっと、護宇澗は内心を見透かされていた事に気付いた。
 砂綬を疑うわけではないが、人間が森に入った。これだけで何らかの疑念を抱くのは仕方がない事だ。
 杜牧から来た者の中で誰かを疑うなら、それは当然人間であるソルティーであり、彼自身も理解していたから含みを持たせ、二人だけの話をしなければならなかったのだ。