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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 そうして静けさが取り戻された中で、ソルティーは毛羽の前に膝を着き、彼女に向かってだけ話しだした。
「毛羽……と呼んでも良いかな?」
「はい」
「少し話を聞きたいのだが、村が消える時に見えた光の事をもう少し詳しく教えてくれないか? 毛羽が見たままを教えて欲しい」
「……ええ。上からか下からかは判らないけど、光は此処だけを包んだの。まるで、光の柱が出来たみたいだった。光は見た事もない物よ。綺麗だったと思うけど、一瞬だし。でも、光が溢れるって感じでもないの、村が光の膜に覆われる感じかな、そう言うのだったと思う」
「そう……」
「お犬さん〜どうしたんですかぁ〜〜?」
 毛羽の話に考え込むソルティーに対して、砂綬が心配そうに彼の顔を覗き込む。だがその顔は覗き込むと同時に上げられ、立ち上がった為に離れた。
 先程須臾と話た事との符号が一致し、ソルティーはもう一度草原との境界まで足を運び、それに着いてきたのは同じ疑問を感じた須臾だけだった。
 成る可く砂綬の耳にも自分達の声が聞こえない場所まで来て、二人はやっと話をする。
「何か判ったの?」
「……結界だ」
 ソルティーは爪先で境界をなぞり、答えだけを口にする。
「結界って……、でも、これは入れ替えだけだろう?」
 なんの為かは知らないが、この草原総てが何処かと入れ替えられた結果だろうとは須臾も察しが付いていたが、ソルティーの言葉は全く違う。
「これ自体が、何らかの結界になっている。呪界が広がっているのは、多分この真下だ」
 草を踏みしめながら語られた言葉に、須臾は何故そうだと言い切るかを聞いた。
「この土地が生きているからだ」
「生きてる? そんなの、大抵の土地は生きてると思うけど?」
 誰が考えても須臾の言葉は当たり前の事だ。
 精霊を尊ぶこの世界に、死んだ土地は皆無に等しい。
 特に獣族の多くは大地信仰者が多く、徒に自然への侵略は行わない。それ故に契約住人には獣族しかなれないとも言われるほどだ。
 そんな常識中の常識を須臾が口にしても、ソルティーには独自の考えがあるらしく、彼の声は更に慎重さを増した。
「だからだ。別に村に何かがあって入れ替えるだけなら、何処の土地を持ってこようと構わない。いや、むしろ入れ替えるよりも、運ぶだけの方が遙かに楽だろう? もっと……残酷な言い方になるが、ここが邪魔ならば破壊するだけで良い」
「なるほど……そうか…」
「ああ、誰の足も受け入れた事が無いこの生きた土地は、それだけ理の力を多く含んでいる、自然そのままの物だ。結界を成立させたり、呪界を持続させるのに充分な程な。誰かは知らないが、この土地に強い結界を敷く為に、わざわざこの土地を持ってきた。そうでなければ、この生きた土を引き剥がしてまでも此処に置いた理由が判らない」
「それにしても何の為に、こんな手間暇の掛かる事を? って言うか、何で此処なんだ?」
「それが判れば苦労しない。これ程の結界を敷く奴だ、総てを外で行って此処にそれを辿る呪紋を残すなんて事は、俺には思えない。この土地が特定出来る訳でもなさそうだし、もしかすると、この土地の在った場所に杜牧がそのまま存在している可能性もあるが……」
「打つ手無しって事?」
「ああ。悔しいが、俺達には何も出来ない」
 須臾が力を込め、大地を踏みしめる。
 どうしようもない、吐き出しようもない怒りが沸き上がるが、それをソルティーはぐっと堪えた。
――私にはどうしようもない。
 諦めにも似た感情で怒りを押さえ込み、無くなりかけた冷静さを取り戻す事に努める。
「砂綬にどう説明する?」
「言わない方が無難だな。彼等の事は、彼等の管理者に任せるのが一番だ。管理者が知らない筈もないだろうし」
 遠くで毛羽を慰める砂綬達の姿を見つめ、これからの事を考える。
 抗いようも無い、巨大な流れに自分が流されているのは知っていた。しかし今目の前に在る現実すらその流れのほんの一筋に過ぎないのなら、何時まで自分はその流れに飲み込まれずに居られるのか。
 何時まで自分は正気を保っていられるのか。
 ソルティーの不安は膨れ上がる一方だった。



 毛羽を加えて五人になった一行は、彼女が完全に落ち着きを取り戻してから、直ぐに何も無くなってしまった杜牧を後にした。出来るだけ急いで、交流の在る翆窯に向かう為に。
 位置的には畔双の方が杜牧に近かったが、ただでさえ反発のある村だ、杜牧の消失が悪い方向に向かう可能性が無いとは言えない。折角気を持ち直せた二人を、畔双の厳しい叱責の中に送り込みたくはなかった。
「でもぉ〜〜、翆窯もぉ〜〜消えてたらぁ〜……あうっ!!」
 気弱になりがちの砂綬を蹴飛ばしたのは、毛羽だ。
「だから、あんたって大っ嫌いっ! 直ぐに愚痴ばかりこぼして、行動力の欠片もないんだから! いい加減、人を不安にさせるの止めてよね! あたしだって、ずっと……」
「毛羽ぅ〜〜御免〜〜」
「少しくらい、元気になれる事、言ってよ……」
「毛羽ぅ〜〜僕ぅ〜〜頑張るからぁ〜〜、元気だしてぇ〜〜」
「あんたじゃ頼りにならないわ」
「あう〜〜〜〜」
 大抵こういったやり取りを日に何度か繰り返し、それを見ている分には気の晴れる光景だった。
 どうやら砂綬は前から毛羽の事が気になっていたらしいのだが、彼には悪いが、彼の想いは誰から見ても彼女には伝わっていない。
 毛羽の一言一言に一喜一憂する砂綬の姿は、ソルティーと須臾には恋愛喜劇を見ている様で楽しくて仕方がなかった。


 砂綬と毛羽の会話から判った事だが、やはり彼等自身が直接管理者と話が出来るわけではなかった。
 村の代表か、もしくはそれに近い者一人だけが、管理者と通じているらしい。それでも管理者と頻繁に繋ぎが取れるかと言えばそうではなく、有事の際でしか契約住人からの訴えは出来ず、管理者も余程の事がない限り契約住人に何かを言う事は無かった。
 契約事項さえ守られていれば、管理者は住人に何の興味もないのが実際だったようだ。
 しかし森の外からの介入が在った今でも、森の状態は何の変哲も見られない。空間の湾曲も保たれたままを見れば、管理者自身に何の影響も無かったのは事実だろう。
 ならばどうして管理者は杜牧を見放したのか?
 砂綬にはそう思えて仕方ない。
 自分達が何かしたのだろうか?砂綬が村を出る時、村の住人に変わりは無かった。いや、それ以上に自分達は管理者に忠実だったのに、何故こんな形で杜牧が消されなければならないのか。砂綬にはどうしても理解できなかった。
 毛羽を励ましてやりたい気持ちは一杯有る。でも、砂綬は毛羽以上に不安だったのだ。
「ご主人様ぁ〜〜教えて下さいよぉ〜〜」
 毛羽が寝静まってから、砂綬は何度も管理者に呼びかけ、静まり返った森はその答えを砂綬に語りかける事は無かった。



 成る可く眠る時間を短くし、歩く速度を速めた甲斐もあって、五人が翆窯の村に辿り着いたのは、予定していた日数の三分の二の十日余り経ってからだった。
 そこで目にした光景に、少なからず砂綬は驚いた。
 翆窯の村は砂綬が杞憂していた事とは反対で、全く異常も認められず、普段通りの生活を営んでいたからだ。
「無事だったんだ。良かったね砂綬」