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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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 そのどちらが良い悪いと決める事は出来ないが、この森の中でさえ対立が有るのだと思うと、秩序と言うモノが一体何であるのかを考えさせられる。
「僕達はぁ〜〜、ご主人様のぉ〜許しがぁ〜有るからぁ〜こうしているんですけどねぇ〜〜。どうしてぇ〜案内がぁ〜〜そのままぁ〜〜河南のぉ〜〜滅びにぃ〜〜なるんでしょう〜かぁ〜〜」
 理解できないと首を傾げる砂綬を見て、ソルティーは自分が畔双の考えの方が理解できると内心思い、失笑した。
 この世に完全な物など無い。
 森の湾曲を誰かが引き起こしていると考えるなら、どこかに綻びが有る筈だ。連鎖で成り立つのなら、それを一つ外せば全体が瓦解する。正常な空間内に、閉鎖的な歪みだけが存在する空間など有り得ない。歪みという繋がりで連なっているなら、空間の歪みを辿れば正常な空間に必ず繋がっている筈だ。
 但し、生きている間に其処に辿り着ければの話だが、確率の問題だけを言うならば、決して不可能ではない。
 もう一つは、一つの歪みを維持するのなら、それ程力場に負担は掛からないが、これ程の空間の維持は余程の力を持つ者でしか成し得ない。その力の持ち主が消えたらどうなるか?
 森はある種の恐怖が在るからこそ、人の介入もなくこの場にある。もし、その恐怖が無くなってしまったら、人を多く招き入れれば招き入れるだけ森への人の介入が早くなり、森の滅びは確実となる。
 人はそれ程優しくはない。愚かで弱い生き物だ。だからこそ森の恐怖が消えれば、人は何の躊躇いもなく森を破壊するだろう。愚かで弱い自分を護る為に。
 脅威を持って存在する森を永久の物と考えていない畔双の方が、砂綬よりも遙かに人という者を理解しているのだとソルティーは感じた。



 森に入ってから六日目。
 同じ景色、同じ食事にいい加減恒河沙も飽きてきた朝、砂綬がやっと、
「皆さん〜〜杜牧に着きますよぉ〜〜」
 の一言を言った。
 村に入れば空間の歪みは存在しないと聞かされていたので、やっとこの縄を離す事が出来ると思うと、湾曲した空間より質の悪い砂綬の言葉でさえソルティーにも頼もしく感じる事が出来た。
 三人の目にはまだ村の景色は見えていないが、砂綬は次の地点を越えれば着くと断言し、足早になる。
 尤も、砂綬だけならこの行程を半分に短縮出来ていたのだから、久しぶりの我が家に帰れる嬉しさはどうしようもないだろう。
「此処ですぅ〜〜〜!!」
 何時もと変わらない景色を抜け、砂綬の姿が一層明るい場所に躍り出た。
「あっ……あっ、あれぇぇ〜〜〜???」
 上空から差し込む光が照らし出しているのは、何もない草原だった。
 砂綬の言う村など何処にも存在せず、其処は最初から“何も無かった様子”しか無い。
「どうしてぇ〜〜! どうしてぇ杜牧が無いのぉ〜〜〜!!」
「砂綬?」
「どういう事だ?」
「在ったんだよう〜〜、此処にぃ村がぁ〜〜〜!」
 契約住人が自分の村の場所を間違える事は無いだろう。それに草原の手頃な広さや、其処を取り囲む樹木の枝の広がり方からも見て、砂綬の言う通り確かに此処に村が在ったのは事実と思われた。
 だが他にそれを示す証は何一つと無く、砂綬の声だけが虚しく響いた。
 草原に走り出す砂綬に引きずられる恒河沙を置いて、ソルティーと須臾は草原の始まりに目を向けていた。
「此方には下草が無いな」
「そうだね。こっちは青々と茂ってるけど、まるで切り取って張り付けたみたいだ」
 其処が境界線の様になっている地面を見ながら、同じ事を考えているのを確認する。
「人が辿った跡も此処までの様だ」
 自分達が歩いてきた地面は、確かに何人もの踏みつけた堅さが在るが、草原の地面は柔らかな真新しい土の感触がした。
「砂綬っ!!」
 突然森にこだました声につられ、二人が振り返った先に、砂綬に駆け寄る彼と同種族の獣人の姿があった。
「毛羽(もう)〜〜!」
 砂綬の知り合いだったのか、そう呼ばれた獣人は彼に勢いよく抱き付き、涙ながらの声を出した。
「良かった砂綬っ! 貴方が帰ってきてくれてっ! あたし一人でどうして良いか判らなくて、貴方が帰るのずっと待ってたの」
「毛羽〜どうしたのぉ〜〜。説明してぇ〜〜」
 毛羽と呼ばれた獣人は口調から女性と判るが、外見が外見なだけに毛並みの色が茶色でなかったら、砂綬との区別が出来ない。
「あたしも何が何だか判らないのよ!」
 彼女は泣きながら砂綬に抱きついたまま、離れようとしなかった。余程恐ろしい体験でもしたのか、端から見ても彼女の様子は、動揺に動揺を重ねるようだった。
「どうしたんだ砂綬?」
「その子誰?」
「しらねぇ、さっき森からきゅうに出てきた」
 遅れて砂綬の元に着いた二人が、毛羽に泣かれて困惑する砂綬と、砂綬に引きずられて転けた恒河沙に聞いたが、答えはちゃんともたらせられる事はなかった。
 事の次第を知るらしい毛羽が落ち着き、砂綬から離れるには少し時間が掛かりそうだった。


 一通り泣きつくした毛羽が自分を取り戻し、三人がそれぞれ名前を名乗った後、彼女は自分の見た有り得ない話を語った。
「あたし……、七日前の事なんだけど、何時も通り翆窯に届け物をするのに出かけたんだけど、族長から頼まれ物が有るって言われていたのすっかり忘れてて……。でも、直ぐに思い出して村に帰ってきたんだけど、そしたら……、一杯の光が村を包んだと思ったら、次の瞬間には消えてたの……」
「えぇ〜〜」
「呼んでも誰も出てきてくれないし、そこら辺全部捜したのよ……、でも、誰もあたしの前に出てきてくれなかったの……」
「本当にぃ〜毛羽しかぁ〜居ないのぉ〜〜?」
「居るわけないじゃないっ! 最近村から出る予定が有ったの、あたし達しかなかったじゃないのよっ!! 翆窯に助けを呼ぼうとも思ったけど、砂綬が帰ってくるかも知れないからって、あたしずっと待ってたのに、どうしてそんな事聞くのよっ馬鹿っ!!」
 こんな時にさえも超呑気に聞こえてしまう口調に苛立って、毛羽また泣き出してしまった。
 砂綬は直ぐに謝ったが、口調が同じでは効果は悪くなる一方だ。
「お嬢さん、泣きやんで下さい。泣いたり怒ったりばかりだと、お肌に悪いですよ」
 種族は違うし、勿論須臾の守備範囲ではないが、女性は女性である。
 自分の出番だと張り切り、毛羽の震える肩に手を乗せる須臾の姿を、恒河沙は馬鹿丸出しと言わんばかりの白けた眼差しで見た。
「……砂綬、餌を捕ってきてくれたの?」
「…………餌? …………はうっ!」
 言われた事が信じられず呆然とする須臾の手を、毛羽は遠慮なく食いちぎろうと口を開け、寸での処でそれを避ける須臾は、また恒河沙の後ろに隠れる羽目になった。
「ばーか」
「恒河沙に言われたくない」
「なんだとっ!!」
「二人とも、暫く何も話さないでくれないか!」
 その声がいったい誰が発したのかを、須臾も恒河沙は直ぐには理解できなかった。
 毛羽が現れてからソルティーは何も言わなかったし、こんな風に彼が声を荒立てたのは、少なくとも二人は初めて聞いた。しかしそんな事をわざわざ言えるほど、ソルティーの醸し出す空気は軽くはなく、本気で恐いと感じながら恒河沙でさえも黙り込んだ。