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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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episode.3


 唯物的な見方の中ででは、この世界で“絶対”が存在すると言うのなら、それは森かも知れない。
 森への不可侵の掟は、人が人として存在する限り切り離す事が不可能な事だと、誰もが知り、誰もが恐れる事実である。
 何時からそうなったのか。誰がそうしたのか。それを知る者は、この世には存在しない。
 ただ、其処に森は存在し、森は人を退ける。
 一握りの森の住人とそして、森に支配される者を除き、森は威厳と畏怖に彩られながら其処に存在する。


 * * * *


 砂綬との約束通り、三人が案内人の小屋へ訪れたのは、朱陽も完全に姿を現した頃だった。
 恒河沙が砂綬との挨拶を一通り交わし終えてから、砂綬を加えて四人の旅になった。
 ついでに砂綬が大量に買い込んだ荷物は、彼が言いつけるまま総て恒河沙と須臾が持たされる事になった。
 砂綬曰く、
「荷物はぁ〜下僕がぁ〜持つ物ですぅ〜〜」
 らしい。
 蒜騨久は、森の影響を自国の防衛に取り込む為に、惣侘国内でも一番北に造られた街である。河南の森に到着するのにソルティー達の足で二日ほどの道程になる。
 これと言って珍しい事もなく、奔霞から惣侘への道と大差ない。長閑な景色しか存在しない平坦な道のりだ。ただ自分達の他に誰も見かけない事を除けばだが。

 森への二日間は簡単に終わりを迎えた。
 恒河沙と砂綬の時間を超越する会話を聞いている内に、いつの間にか森の近くまで来ていた様な錯覚が、残り二人を包み込んだ結果だ。
 眼前に広がる森の姿は、圧巻の一言だった。見える先の総てが森に遮られ、一種自然の壁か、砦を思わせる。
 自然のモノにこれ程の威圧感を感じる事は、まず無いだろう。
「ではぁ〜、これよりぃ〜少しぃ説明しますねぇ〜〜」
 コホン、と軽く咳をしてから、砂綬は森を背景に胸を張る。
「これからぁ〜みなさんにはぁ〜〜、河南のぉ〜審査を〜受けてぇ〜〜貰いますぅ〜〜。それはぁ〜簡単ですがぁ〜〜、河南がぁ〜拒否すればぁ〜死んでしまうかもぉ〜知れません〜〜。恨まないでぇ〜下さいねぇ〜〜」
 砂綬の口調は普段と何ら変化はなかったが、言葉の内容は非情に恐ろしいと言える。しかもそれを嬉しそうに言ってのけた彼を、ソルティーは何とも言えない表情を浮かべ見つめた。明らかに彼は、人間であり“犬”である自分にだけ向けて語っている風にしか思えなかったのだ。
 あからさまな悪意ではなく、ただ単純に契約住人の彼にとって、森が拒絶する者の死などどうなろうと関係ない。相手が人間なら尚更であり、そうなるであろう少し先の現実に対する前置きでしかなかった。
「じゃぁ〜一人ずつぅ〜僕の前にぃ〜来て下さいぃ〜〜」
「ええ〜俺達ぃ〜〜前にもぉ〜したじゃないかぁ〜〜」
「人のぉ〜心はぁ〜変わりますぅ〜〜。それにぃ〜審査はぁ〜〜、入場券〜みたいな物ですぅ〜〜。無ければぁ〜入れません〜〜」
 砂綬の明解な答えを前にしては、恒河沙も「しかたねぇな」と頷き、まずは恒河沙が砂綬の前に立った。
「じゃぁ〜、いきますねぇ〜〜」
 恒河沙の額に自分の額を付け、砂綬は目を閉じる。
 傍目からは、砂綬の髭がヒクヒクする以外は何も起こる事もなく、暫くしてから二人は普通に離れた。
「恒河沙はぁ〜相変わらずですねぇ〜〜」
「どういう意味だよぉ〜」
 砂綬は恒河沙の頬をプニプニと撫でながら嬉しそうに語り、言われた方は少し不服そうだった。
 これは砂綬だけが感じる事が出来る感覚だが、恒河沙は本当に赤ん坊の様な心なのだ。虚実も善悪も無く、ただ真っ直ぐに澄んでいる心があるだけ。恐怖を恐怖として捉える心がなければ、森の脅威も通じない。
 だが人の心は体の成長と共に変化し、必ず森の嫌う汚れを付着させていく。
 以前は大丈夫だったが、今回も同じとは限らない。そんな不安が砂綬にはあったが、恒河沙は以前と同じにすんなりと審査を合格してしまった。人に脅威を与えなくてはならず、時には目の前で狂い死にさせてしまわなければならない砂綬にとって、これ以上に嬉しい事は無いのだ。
「次はぁ〜誰ですかぁ〜〜?」
 取り敢えず恒河沙の審査は終わったらしく、砂綬は残る二人に顔を向け、先に手を挙げたのは須臾だった。
「僕が行っても良い?」
「ああ」
「んじゃ、砂綬お願い」
「はいぃ〜〜」
 砂綬の身長に合わせる為にしゃがんだ須臾の額に、砂綬は少し屈んで額を合わす。
 ただしそこからは、恒河沙の時とはかなり違っていた。
「ヒィ〜〜〜〜〜!!」
 と、情けない声を漏らす須臾が、途中何度か手足を小刻みに痙攣させ、肩を激しく上下させる。体は勝手に逃げようとしているが、砂綬の柔らかそうな手が、ガッチリと抑え付けていた。
 砂綬は恒河沙の時とはまた違う嬉しそうな顔だった。
 一方の須臾は、徐々に顔色を青ざめさせ、額に滲んだ汗が玉となって滴り落ちるほどだ。
「ぐぅ〜〜、だぁっ!!」
 叫び声に近い音をあげた途端、砂綬の手がやっと須臾を解放した。
 手を離された須臾の体は、本人の意思とは関係なく倒れた。
 慌ててソルティーは彼に近寄り意識を確かめると、直ぐに「大丈夫」と疲れた笑い顔で返事が返された。
「これはどういう事なんだ?」
「大丈夫ですぅ〜。須臾はぁ〜日頃のぉ〜行いをぉ〜、反省ぃさせられたぁ〜だけですぅ〜〜」
「ほっとけって……」
「女ぁ〜漁りはぁ〜止めておいたぁ〜〜方がぁ良いですねぇ〜〜」
「……煩いよ……」
「前もこんなんだったから、気にしないでいいよ」
 審査は一応通ったものの、砂綬の容赦ない指摘にふてくされた須臾を、恒河沙に言われるまでもなく、相手にする暇はソルティーには無かった。
「ではぁ〜お犬さんがぁ〜最後ですねぇ〜〜」
 嬉しそうに手招きする砂綬の大きな目が不気味に光り、君もこうなるんですよ、と雄弁に語っていた。
「大丈夫ですぅ〜発狂しそうだったらぁ〜途中でぇ止めてあげますぅ〜〜」
 ある種の虐めに似たモノを感じても、此処まで来て引き返せるはずもなく、楽しそうな手招きに応じた。
「いきますよぉ〜〜」
「お手柔らかに頼むよ」
 須臾と同じようにソルティーもその場に膝を着いて瞼を下ろす。
「駄目ですぅ〜〜」
 砂綬は先刻の言葉を翻し、確信犯の言葉を吐きながら、最早逃げられないソルティーと額を合わせた。
 額に砂綬の柔らかな毛並みの感触が触れた時、一瞬だけ心の中を風が吹き抜けるのを感じた。
 深層心理を第三者が土足で踏み荒らす様な不快感と、人に受け継がれてきた思い出せない過去に触れられる様な安堵感。この二つが心の中を吹き抜け、掴もうと咄嗟に思った時、ソルティーの意識は外に向けられていた。
「うにゅう〜〜??」
 瞼をあげて最初に目に飛び込んだのは、至近距離で首を傾げて考え込む砂綬の姿。
「終わりか?」
「うにゅにゅ〜〜〜? あれぇ〜〜?」
 どれだけの時間が過ぎていたのか判らないが、まずは自分が須臾と同じ目に遭っていないのだけは確認できる。
「ソルティーはなんともないのか?」
「ああ、別にこれと言って変化は無いようだ」
「嘘だろう〜僕だけなんでぇ〜」
 まだ回復できない須臾の悔しがる声は無視して、二人は悩みまくる砂綬に向いた。
「どうしたんだよぉ〜砂綬ぅ〜」