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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「んん〜〜。難しい〜〜処ですねぇ〜〜。本当はぁ〜〜駄目な事ぉなんでしょうけどぉ〜河南はぁ〜河南のぉ〜意志でしかぁ〜動きません〜〜。だからぁ〜僕達はぁ〜、河南がぁ〜〜許したぁ〜〜人しかぁ〜入らせません〜〜。だからぁ〜外でぇ〜良い人でもぉ〜河南にぃ〜入れないぃ〜人もぉ〜居ますぅ〜〜」
 そう言ってから砂綬は再度食事を始める。
「森の意志か……」
 森に入った事は今まで無かったが、森の脅威は誰の知識にも刻まれている。森が神聖視されている訳ではないが、森に徒なす者は、今では少なくなった。森に受け入れられず、無理に入ろうとする者の殆どが心を蝕まれ、狂い死んだ。万が一無事に入れても、二度と其処から出てきた者は居ない。
 森は人の世の恐怖そのものだ。
「俺は、森に入れると思うか?」
「……判りません〜〜。僕はぁ〜ただのぉ〜間借り人ですぅ〜〜。河南のぉ意志はぁ〜誰にもぉ〜判りません〜〜」
 森の意志に反する事は誰にも不可能だと砂綬は告げる。
 結局、砂綬との話もこれ以上進まず、ソルティーは砂綬と軽い挨拶をして食堂を出た。



 砂綬との約束であと一日は此処で過ごさなくてはならなく、ソルティーは買い出しを翌日に廻し、退屈な半日を過ごした。
 恒河沙達の様に街を散策する程の興味も無い。
 宿に帰り、自分の鎧の手入れをして時間を消費する。
『随分と汚れるモノだ』
 拭く度に輝きを取り戻す白銀に溜息が出る。武具の手入れは嫌いではないが、暇と手間が掛かる。
 総ての武具に本来の輝きが戻る頃、突然扉が叩かれた。
「ソルティー、かえってる?」
 恒河沙の声だと判り、一度窓の外を見ると、既に朱陽は落ち暗くなっていた。
「どうしたんだ?」
――朝は須臾、昼は砂綬で、今度は恒河沙か。
 取り敢えず扉を開けず、聞くだけで終わる事ならそうしたかった。
「いそがしい? だったらいいけど……」
「用があるなら言ってくれ、明日でも構わない事なら明日にして欲しい」
「……あ、うん。いい、明日で……」
 精神的な疲労がそのまま苛ついた口調になり、ソルティーは言った後に自分を叱咤した。
 当たる相手が違うと自分を叱り、まだ恒河沙の気配が残る扉を開けた。
「済まない、何か有ったのか?」
「いい、べつに、なんでもないから……」
 振り向いた恒河沙の手には、ソルティーが彼に買い渡した冊子と筆記具。覇睦大陸の言葉を練習する為の物だ。
 恒河沙はこれを持って、毎日ソルティーの元で言葉を覚えるのに必死だった。夕食が済んだ後なら何時でも構わないと言ったのはソルティー自身で、恒河沙もこの事だけは一所懸命に覚えようとしていた。
「どうしてこういう事だけ遠慮するんだ? ……入っていいよ、勉強するんだろ?」
「うん。でも、ホントにいいのか? つかれてんなら、俺……」
「変な遠慮だけはしないでくれ。疲れて何もしたくなければ、俺だってそう言うから」
「うん、わかった」
 恒河沙の為に開けられた扉を通り、彼が入った後ソルティーも部屋に戻るが、癖でかけようとした鍵を慌てて開けたままにする。朝に言われた須臾の言葉が、そうさせたのは間違いない。


「ある程度は解ったか?」
「……ん〜〜〜、わかったようなわかんないような……」
 テーブルに置かれた覇睦大陸語の書かれた冊子を睨みながら、恒河沙は暫く呻きその後頭を抱えた。
「俺、やっぱその、いいまわし、ってのがわかんねぇ。あったまわるいからかなぁ」
 こうは言うが、ソルティーの予想を裏切って、恒河沙の覚えは早かった。
 耳で覚え、口で語る分ではそれ程苦もなく、おそらく覇睦に着く頃には、彼は簡単な会話くらいなら話せているだろう。問題は読み書きと、二重三重に意味を持つ言葉の使い方だ。
「別に悪くは無いよ。覚えも良い方だと思う」
「ホントかよ?」
 拗ねて疑うような言葉でありながら、顔の嬉しさは隠せていない。
「本当だ。飲み込みは早いと思うし、反復も出来ている。ただもう少し、他の意味合いも覚えた方が良い」
「どうして」
「自分はそう思って言った訳ではないのに、他人がそれとは逆の意味で受け取ったら嫌だろ? 小さい事で誤解を受けるなんて、なるべく避けたいものだ。だから、言葉の意味合いは大事だ」
「ふ〜ん」
「まあ、誰にでも素直に話す事が取り柄のお前なら、そう言う俺達の使う言葉は必要じゃないかもな」
「それ、ほめてんの?」
「半々」
「……いやなやつ」
「どうも」
「ほめてねぇよ!」
 其処からまた勉強へと移ったが、やはり恒河沙の飲み込みの早さには、ソルティーは感心するだけだった。
 気になったのは、彼の覚え方が極端な事だ。
 多分、彼が今使っている紫翠の言葉と同じ覚え方だろう。難しい意味合いの言葉になると、途端に覚えられなくなり、何度繰り返しても無理だった。反対に言い方が難しくても素直な言葉だと、一二回言えばちゃんと記憶する。
 まるで言葉を選んでいる節がある。自分に必要か不必要かを。
 恒河沙が自分の言った言葉を繰り返すのを聞きながら、宿に帰る前に買った煙草を取り出し口にくわえる。手放せない程の愛煙家では無いが、昨夜の事と同様に、ハーパーの居ない時位は羽目を外したい。
「……ソルティー、たばこすうんだ」
「ああ……嫌いか?」
 言の葉陰亭で煙に慣れていると思っていたのが間違いらしく、恒河沙の表情は露骨に嫌そうだった。
「べつに、いいけど……」
 しばしその不服気味な顔を眺めてから、ソルティーは徐に煙草を元に戻した。
「……すわないのか?」
「これが済んで、お前が部屋に帰ったら思う存分吸わせて貰うよ」
「そっか……」
 恒河沙は自分の浮かべた表情に全く気付かずに、ほっとした顔で再び言葉を繰り返し始める。
 その間視線は何度となくソルティーが書き込んだ言葉と彼を往復して、恒河沙はふとした疑問に頭が一杯になった。
――どうしてこいつ、俺にもんくを言わないんだ?
 自分を雇っているくせに、彼の方が自分達よりも気を使っている。先刻の煙草にしても、吸いたくなったから出したの筈なのに、自分が居るから吸わないと言う。こんな奴初めてだと思った。
 何処か今まで相手にしてきた“偉い人”とは違う感じがする。でもその何かが理解できない。
――須臾が言うみたいに、こいつにふかいりしちゃだめなのかな?
 自分の事を一番に理解している須臾が言うのだから、そうしなければならないのだろう。もしその言葉を自分が無視すれば、須臾に嫌われるかも知れない。それだけは嫌だった。
「……でもなぁ〜」
「何?」
「ん…なんでもない……」
 自分の事を聞かれるのは、自分が一番判らないだけに一番嫌いな事だった。
 でも、何故かソルティーに何も聞かれないのが不安にも感じる。
 須臾とソルティーを秤に掛ける事は思いつきもしないが、ソルティーの事の関しては須臾の言葉を鵜呑みに出来ないとも感じ始めている。
 出会った頃に感じた言葉に表せない共鳴は、今も心の片隅で確かに残っていて、それが一体なんなのか未だに判らない。
 けれど恒河沙は、その答えを少しずつ考え始めようとしていた。


 episode.2 fin