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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「空いてますよぉ〜。でもぉ〜、お犬さんのぉ〜案内はぁ〜嫌ですぅ〜」
「犬……?」
「砂綬ぅ〜おれぇお前いがいにあんないたのむのいやだぁ」
「恒河沙ぁ〜。――仕方ないですねぇ〜、お犬さんの案内はぁ〜嫌ですけどぉ〜恒河沙とぉ〜須臾のぉ〜頼みはぁ〜断れないですねぇ〜〜」
「ありがとぉ〜砂綬ぅ〜〜! 大好きだよぉ〜!」
「僕もですぅ〜〜」
 更に力一杯に抱き合う二人を眺め、自分と同じように脱力する須臾に視線を合わせる。
「どうして俺が犬なんだ?」
 何時までも抱き合う二人から少し距離をとり、小声で先刻の砂綬の言葉の意味を聞く。
「砂綬のあれは見た目。獣族なんか関係なく、砂綬にはソルティーが犬に見えるんだよ。前に此処に来た時の雇い主なんか、よく肥えててさあ、『豚さんみたいでぇ〜丸々してぇ〜〜美味しそうですぅ〜』って言われ続けてたよ。もう本気で襲うんじゃないかって思った」
「犬……」
 そんな事を言われたのは初めてだというのもあるが、砂綬の警戒心が種族間だ歴史だと考え込もうとしていた自分が、何となく哀れに思えた。
「僕はぁ〜人様のぉ〜ご主人様はぁ〜食べません〜」
 頭部に備えた大きな耳が相手では、どんな小声も意味がないようだ。
 砂綬の可愛い外見からは程遠い言葉は、雇い主でなければ食べると言っている様に聞こえる。
「それにぃ〜僕はぁ〜豚さんよりぃ〜鳥さんの方がぁ〜好きですぅ〜〜」
 今にも涎を垂らしそうな口元と鋭い視線から逃れるように、須臾は素早くソルティーの後ろに身を隠した。
「嫌だなぁ〜冗談ですよぉ〜〜」
 光彩を細くした砂綬の瞳は、とても冗談には見えない。
 流石は獣人と言うべきだろうか。弱肉強食の連鎖の中では、砂綬は須臾を餌にしか見ていないだろう。
 須臾は砂綬の異様な視線を受けつつ、これから砂綬の外見に騙されないようにしようと堅く決心した。
「それでもぉ〜、僕はぁ〜今日〜此処にぃ〜着いたんですぅ〜。だからぁ〜三日はぁ〜待って貰いますよぉ〜〜」
「三日か。……仕方がない、待つよ」
「そうですかぁ〜じゃぁ〜そう言う事でぇ〜お金はぁ〜お一人様ぁ銀貨一枚でぇ〜お願いしますぅ〜〜」
 間延びした口調はともかくとし、砂綬は恒河沙より遙かに自分の仕事の分別はしているらしい。
 北へ向かう手段が限られているだけに、案内料をつり上げられても文句は言われないだろう。なのにそうしないのは、案内人にとってこの仕事は単なる小遣い稼ぎでしかなく、それ以上貰う事は自分達の誇りに障りが生じるのだ。
 但し料金が安いだけに、こちらの都合よりも案内人の予定に総てを合わせないとならないのだが。
「ありがとう〜ございますぅ〜〜」
 言われただけの金額を砂綬に渡しても、やはり自分を見ようともしない事に気が滅入る。
「恒河沙行くよ」
「う゛〜〜、砂綬ぅ、あしたもここにいるぅ〜〜?」
「いません〜〜。明日はぁ〜買い物でぇ〜忙しいですぅ〜〜。その次の日もですぅ〜〜」
「あう〜〜」
 思いっきり寂しがる恒河沙の頭に手を乗せ、砂綬は目を細め宥める。
「森にぃ〜入ればぁ〜一月はぁ一緒ですぅ〜」
「そうだけどぉ〜」
「三日間〜僕はぁ〜ちゃぁんとぉ〜恒河沙の事ぉ〜忘れませんからぁ〜。約束ですぅ〜」
「わかったぁ〜。おれもぉ〜砂綬のことぉ〜わすれないよぉ〜」
 完全に口調が移った恒河沙を須臾が力任せに引き離し、漸くソルティーは街に戻れる事になった。
 何故かそれ程話をしていた訳でもないのに、三人が小屋に着いてから随分と陽が傾いていた。



 暫くの間、恒河沙の口調は砂綬の影響が抜けなかったが、夕食の合図と共に元へと戻った。思考能力が一つの事にしか働かないからだと、ソルティーは思う。
 それにしても、この数日間でソルティーが疑問に思った事がある。
「おっちゃん! これおおもりついかっ!」
 この食欲だ。
 育ち盛りだからと言っても、限度がどこかに有るはずだ。恒河沙の胃袋には底が無いのか、其処に食料が在れば食べる。何時でも食べる。何時までも食べている。
 須臾に聞けば、恒河沙の仕事料は総て食費に消えてしまうらしい。須臾が金銭的についつい渋くなってしまうが、こうして恒河沙の傍に居れば、嫌と言うほど理解出来てしまった。
 実際この食料費だけでも、五、六人は傭っている状態になっているのだから、なかなか馬鹿に出来ない状態だ。
 しかし今までならば、須臾も黙ってはない。放っておけば経費絡みで雇い主と揉め、悪ければ解雇となりかねない。相手がどうやら超金持ちらしいソルティーだからこそ、今の内とばかりに勝手にさせているのだ。
「どうしたんだよ? のこすと作ってくれた人にわるいだろ!」
「良いよ、恒河沙が食べても」
 恒河沙が食べ続ける様子に気分が悪くなったとは言えず、苦笑いを浮かべるソルティーは、自分の食べ残しを恒河沙の前に押し出すが、それは彼の前に辿り着く前に奪われていた。
「おいしいのになぁ、もったいないだろ!」
 言葉は怒っているが、思わぬ増量に嬉しさは隠せない様だ。
 その食べっぷりは確かに凄い。大抵どの店の者も恒河沙の食べ方と、何でもかんでも食べ物なら「美味しい!」を連呼するから、気に入られてしまう位に凄い。ついでにこれだけ食べても無駄な肉が付く様子もないから、更に凄い。
 始終動き回っているから、お腹は減るかも知れないが、そう言う事を差し引いても恒河沙の食欲は、通常の神経しか持たない者の胸焼けを誘発させていた。

 そんな事はさておき、ソルティーが恒河沙の食い意地を呆然と観察している間、須臾は今夜の事を考えていた。
 仕事をしている充実感はある。食欲は恒河沙の満足顔を見ていれば判る通り、この雇い主にケチは付けられなかった。
 しかしそれでも満たされない事があった。男の三大欲求の一つ、性欲だ。
 こればかりは一人ではどうしようも無い。……いや、それも一つの手ではあるが、続けば虚しくなる。
 この旅に出るまでの二月間で就いた仕事と言えば、持ち回りでやって来る自警の仕事や鉱山警護等で、夜間勤務が殆どだった。旅に出てからはそういった暇は、勿論無い。これから先も森に入れば一月は有ろう筈もないし、森を出れば戒律の締め付けが酷くなり、多分出来ないだろう。
 今日という日を逃せば、これから三月は絶対に出来ない。そんな修行僧の様な真似は、お金の次に楽しいことが大好きな須臾は、死んでも嫌だった。
「なぁソルティー」
「何だ?」
「ここのさあ、お姉さん達ってさ、結構美人が多いんだけど?」
 企み笑いを浮かべ、恥ずかしげも無くそう切り出す須臾が何を言いたいか、ソルティーも直ぐに察しが付いた。
「本当か?」
 しかも返した言葉には切実さが込められていて、金があろうがなかろうが、騎士だろうが何だろうが、所詮ソルティーも普通の男だったと感じれば、須臾の口もいつもより軽くなる。
「勿論。美人で具合もいい子揃いで文句無し!」
 ここまで言い切るほど詳しくなくとも、こう言って許可が下りるなら何だって言う。
「その話乗った」
 もとよりソルティーの方も、たとえ美人揃いでなくても、具合が悪くても、おそらく同じ台詞を口にしていただろう勢いだった。