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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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episode.2


 紫翠大陸の国数は、全部で四十二。極めて大国と思われる国は存在せず、中小諸国が重なり合う大陸だ。
 山岳地帯の多い南から北へ昇る毎に肥沃な大地になり、大陸北部の争いは数年周期で訪れる。現在は奔霞を中心に纏まりを見せつつあったが、些細な出来事で戦火が燃え広がる微妙な大陸でもあった。
 擣巓、唐轍、敦孔伐そして奔霞。信仰と人の欲は相反する事柄であると同時に、どちらにも真理がある。その真理の中で、人は戦いを止める事が出来なかった。


 * * * *


 人の世の朝が訪れる少し前、空はまだ蒼陽の支配する時。簸蹟の夜と朝の住人が丁度入れ替わる頃に、北門に二人の人影が映し出されていた。
 夜目に浮き出る恒河沙の服装は何時もと大差なく、髪と同じ色をした蒼いシャツと焦げ茶のズボン。鞣し革を幾重にも重ねた軽量の鎧は、胸当てと左の肩当て、そして両腕の小手だけの安上がりなモノだった。須臾にしても衣装の赤紫の色合いと言う派手さはあるが、その上から一切防具は身に着けず、腰から些か長い感のある白い革の袋を下げている以外の特徴は無かった。
 二人ともその上にマントを翻すだけの、実に質素な旅装束に身を包み、荷物はあまり大きくもない革の袋一つずつ。これが彼等の全財産だ。
 何時死ぬかも判らない仕事だ、処分する荷物は少ない方が、残される者の負担が少ない。
 それが彼等、傭兵の心得の一つだ。
「おっそいなぁ、まだねてるのか? いやだねぇ、ねぼうは」
 門柱に凭れ、大通りから来るはずの自分達の雇い主を待ってはいるが、彼等が此処に着いたのもつい先刻だ。
「多分、僕達が早く来すぎたんだと思うよ」
 ソルティーが言ったのは朱陽が昇る前位、今はまだ蒼陽が沈み掛けてはいるが顔を見せている。朱陽が昇るにはまだ少し必要だろう。
 大欠伸する須臾はもう少し惰眠を貪りたかったが、恒河沙に殴り起こされ、引きずるように外に連れ出されたのだ。
「だってよ、ひさしぶりにこいつをしょえると思ったら、ねらんなかったんだぞ」
 後ろに背負った大きな剣を撫で、恒河沙は嬉しさを全面に出し喜んでいる。
 彼がこの剣を手にするのは、言葉通り久しぶりだ。仕事が無い時は大抵、喧嘩が酷くならない様に幕巌が預かっていて、ソルティーが来る以前の一月半の仕事と言えば、店の用心棒か、持ち回りでやって来る街の自警の仕事位だった。そんな仕事にこの剣はむしろ邪魔にしかならない。
「寝られなかったぁ?! 嘘ばっかり。僕の横で死んだように寝てたくせに」
「……うっさいなぁ」
 子供らしく不規則な生活が出来ない恒河沙は、仕事以外で夜更かしをした事がない。いや、出来ない。夜になれば自然に眠くなってしまう自分を知っているから、須臾の言葉に反論する言葉が無く、ふてくされるしかない。
「でもまぁ、確かに久しぶりだよね、旅に出るなんて。一番長いので、村から此処に来るまでなんだから、今回は僕達にとって記念すべき長旅だね」
 恒河沙をからかっていても、須臾も結構興奮していた。北へ行くのは初めてではなかったが、覇睦大陸に渡る事は、誰でも一度は経験したいと思っている。其処に必ず行けるこの旅は、恒河沙の事もあるが、それよりも夢を一つ実現できる期待がこみ上げる旅だ。
――しかも無料。
 ただより安い物は無い。が、須臾の大好きな言葉だった。
「あっ、来た!」
「えっ? 何処?」
 まだ人も疎らな通りを指さす恒河沙に、慌てて自分の世界から抜け出しその姿を捜す。
「見えないよ?」
「……鳥目。今、まゆ毛のおっちゃんの店んとこ」
「う〜ん、やっぱ見えない」
 恒河沙と須臾にしか通じない説明通り、ソルティーの姿が丁度恒河沙がよく出入りしていた菓子屋の前を通り過ぎた。
 須臾は教えられた場所に目を向けはしたが、やはり其処まで視界が開かず直ぐに捜すのを辞めた。
「おかしいな」
「何が?」
「一人だけだ。あの、りゅうのおじいちゃんがいない」
 確かに恒河沙の視界には、隠しても隠しきれないハーパーの姿は無く、真新しいマントをつけたソルティーだけが自分達に向かって進んでいる。まさかつい先刻、自分達の上をハーパーが飛び越えていたなど想像も出来ない事だ。
「どうしたんだろ?」
 色々無い頭で恒河沙が考えている内に、ソルティーも二人の姿に気付いたのか足早になり、直ぐに彼等の元に辿り着いた。
「随分と早かったんだな。待たせたか?」
 思っていた以上に早く来ていた二人に感心し、一端自分の荷物を地に下ろす。
「もうおれむちゃ…むぐっ!」
「いいえ!! 僕達も先程此処に着いたばかりですから、その様に気にしないで下さい」
 昨日とは違った須臾の言葉遣いと態度に、ソルティーは「どうかしたのか」と口を塞がれた恒河沙に目配せしたが、呆れた様子で首を振られるだけだった。
――今の須臾ってソルティーの顔が金貨に見えるんだろうな。
 相棒の心が判ってしまう自分が少し恥ずかしいが、それをソルティーに言うのはもっと身内の恥を曝すようで言うに言えない。
「此処で立ち話をする訳にもいかないし、取り敢えず歩きながらでも話をしようか」
「判りました」
「うん」
 二人は、自分達同様に軽い荷物だけを肩に提げて歩き出すソルティーの後ろに従い、これからの期待だけを胸に歩き出した。



「良いんですか? 本当に信用して?」
 ソルティーと共にハーパーを見送り、明かりの消えた店に帰ってきた幕巌を店員の一人が、浮かない顔で出迎えた。幕巌の子飼いの一人だ。
「恒河沙はともかく、須臾は俺等に必要じゃないですか」
 この国を守るには、幾ら人が居ても足りないくらいだ。
 須臾の腕は間違いなくこの国の為になる、それを幕巌はいとも容易く放出してしまった。それが彼には理解できず、幕巌の意図もいまいち納得のいかない事であった。
「そんなら聞くが、おめぇ、あの二人を引き離せるか? 少なくとも俺には出来ねぇな、そんなおっそろしい事は。彼奴等二人で一人だ、誰にも無理な話だよ。それに、俺は恒河沙一人行かした方が怖くて夜も寝られねぇ」
 どちらかと言うと楽しげに語る幕巌に何も言えない。
 自分達の頭首である幕巌に出来ない事が自分に出来る筈がないし、彼に逆らう事も許される事ではない。
 もっとも、確かに彼もあの二人を離して行動させられるとは、全く思っていなかった。
「それになぁ、もう俺達に何が出来る? どっちに転んでも戦になっちまうこの国だ、少しくらい賭に頼っても罰はあたんねぇだろう?」
「俺はその賭が無謀だと思ってます。確かにこれが巧くいけば、この国が助かる事かも知れませんが、それを関わりのない人間に頼む事ではないはずです」
「無謀か、確かに大きすぎる賭だとは俺も思ってはいるが」
「だったら」
「だがなぁ、俺は今まで一度も賭をした例しはねぇ。それがこの国の為になると信じていたからだ。噂を集め、結果を出し、そうしてやっと結論だ。間違っちゃいねぇが、楽しくもねぇ、人の裏をかいてこの国を守ってきた事だが、俺にとって、それは誇れる事だよなぁ?」
 手近な椅子に腰を下ろし、煙草に火をつける。
「それは勿論です。俺達だって、お頭が居なければとっくに死んでいたんです」