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刻の流狼第一部 紫翠大陸編

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「金が一番で何が悪い! 何がみっともない! 金が無くっちゃ部屋代も払えなければ、飲み食いも出来ないんだぞ。世の中は金で動いてるって言うのに、金が無くてどうして僕達が生活していけるんだっ! それに、お前が喧嘩して壊した物の弁償も金が掛かるんだぞ! お前は喧嘩さえ出来ればそれで良いかも知れないが、その後始末をする方の身にもなって見ろ。今までどれだけ無駄に払ってきたか、お前は計算した事があるのか!」
「そ、それは……」
「ほーら見ろ、金が一番大事だろ。さあ、恒河沙は口を挟まないで、そこで大人しく待ってなさい」
「〜〜〜〜」
 あっさりと打ち負かした恒河沙を横に押しのけ、須臾は再度ソルティーに詰め寄る為の深呼吸をする。
 その目の前に、ソルティーの右手が差し出され、その上には二つの石が乗せられていた。
「金貨は無いが、これでは不服か」
 石は親指の先より少し大きい位で、形は歪だったが、色は美しくも深く濃い赤色。自己発光をし、時折内部に揺らぎが見えた。
「金貨の方が良ければ、今から換金してくるが?」
「こっ、これ……本物?」
 石を指す須臾の手は、微かに震えている。
「調べても構わないが」
 言葉の途中には既に手の上の石は消えていた。
「“我が示すは汝の姿”!」
 須臾の言葉に呼応するように、石は一筋の光を真上に飛ばす。
 光はなんの歪みもなく、曇りすら存在しなかった。その光が消え、元の普通の赤い石に戻ったのを見てから、須臾は腰を抜かした様に床に崩れ落ちた。
「駄目か?」
 返事は言葉もなくなってしまった須臾の大仰な首振りだった。
「……ふ、二つ?」
「約束通りの、金貨ではないからな」
 いとも簡単に言われ、須臾は気が遠くなるのを感じた。
 自分で恒河沙に『彼と自分達には差があるんだ』などと言って置きながら、その差があまりにも広すぎるのを実感する。
 ソルティーは須臾の豹変に呆れはするものの、同時に念の為にこの石を用意していて、本当に良かったと心底思った。
『此処は金銭が命だ』と、言ったハーパーの言葉が如何に大事だったか、今更ながら痛感してしまう。
「兎に角、これで契約は滞り無く済んだ訳だな。俺は明日の用意があるから、帰らせて貰うよ」
「ソルティー、ごめんな」
 耳を疑ったのは側にいた店員だった。彼の驚く顔を見てソルティーは、
――今夜うなされるかも知れないな。
 などと笑いそうになるのをぐっと堪え、自分を済まなそうに見る恒河沙の頭に軽く手を置き、
「いや、気にしてないから。明日は朱陽が昇るくらいに、北門の前に居てくれ。明日からは、強行軍になるかも知れないから、早く休むんだぞ」
「わかってるよ、まったくみんなしておれのこと、子供あつかいして……」
 ふてくされ、でも乗せられた手を払いのけはしない恒河沙に、何となく彼の扱い方が判ってきたような気がした。
「悪かった。じゃあ、明日から宜しく頼むよ恒河沙」
「うん! こっちもなソルティー」
 元気な返事に笑みを返し、ソルティーは恒河沙に手を振られて店を出た。
 その後から数日間、彼が恒河沙を手懐け、須臾を切れさせた初めての男と噂にされたのを、残念な事に知る機会はなかった。


 ソルティーの姿が消えるまで見送った後、恒河沙は未だ床に座り込んで呆然としている須臾の前にしゃがみ込む。
「須臾、おとなげなかったぞ」
「………うぅ……言い訳しようもない……」
 恒河沙に言われても一言も言い返せない状況だ。
「それにしても………」
 須臾は自分の手に残された石をもう一度確かめ、やはり揺らぎが見えるのに震えを感じた。
 ソルティーの用意した石は、宝玉・宝石と分類される理の石だった。場所が変われば、“至宝の石”とか“精霊の涙”とか言われ、まさにこの世の宝と言っても良い。見た目は飾石と変わりは無いが、内部に見える力の凝縮を示す揺らぎと、呪文に反応して見せた一直線の光が、この石が最高の純度であるのを示していた。
「恒河沙、これ一つで村が買える」
「はぁ……?」
 物の価値が判らない恒河沙は、それが何を意味し、どれ程の値段なのかどうでも良い。
「あの人は、錬金術師か……」
――それともただの金持ち馬鹿か、のどっちかだ。
 握りしめた石の感触に震え、須臾は感嘆の呟きを漏らした。





 主に、精神的な疲れを感じながらも、ソルティーはこれから必要になる食料などを買い求め、宿に戻れたのは朱陽も落ち、蒼陽が空を青白く照らし始める頃だった。
 部屋には明かりも灯さず、何時もの如く瞑想に耽るハーパーが定位置に座っている。
『刻が訪れたか』
 買い揃えた荷を置く音だけでそれを知り、事実だけを確認する。
『明日発つ。お前には先でして貰いたい事が出来た』
『御意』
 革袋の中に乾物や芯を詰め込み、変わりに地図を取り出し備え付けのテーブルに広げる。手元のランプに火を灯すと、漸くハーパーもそこに視線だけを向けた。
『お前は私達がトルトアへ着くまでに、リーヴァルと言う者と繋ぎを取って貰いたい。場所は此処だ』
 擣巓を指さし、一度ハーパーに視線を投げかけ、彼が微かに頷くのを見て、再度地図上に目を向ける。
『幕巌の話によれば、彼は今“鈴薺(りんざい)”と名乗っているらしい。ただ問題なのは、今彼が置かれている立場だ。前にも話したが、内乱の話は現実になる。彼はその中心人物と言う事だ。一応幕巌が予め手を回してくれるらしいが、彼に接触する事だけでも、お前に危険が及ぶかも知れない』
『もとより、この血肉の一欠片に及ぶまで主に従う我だ。我如きを使う事に、主は何を躊躇われるか』
『済まない、私達の足では時間が掛かりすぎる。お前は先にリーヴァルと話を済ませ、私達が入国出来る手筈を整えて欲しい。多分お前ならそれが出来る。そして、出来るなら彼を守って欲しい』
『恩命心して従おう』
 言葉少なに総てを受け入れるハーパーに向き合い、ソルティーは心からの思いを、頭を下げる事で表した。
『私はお前に何もしてやる事が出来ない。総てが私一人の我が儘だと言うのに、お前に頼り、お前に甘えて、何一つとしてそれを返す事が出来ない。本来ならお前には返る場所が在ると言うのに、私は……。済まない、本当に済まない』
 頭を下げたまま両手を堅く握りしめ、何かに耐えるように肩を震わせるソルティーに、ハーパーは酷く人間じみた首を振るという仕草を見せ、そっと自分の主の肩に手を添えた。
『その話は、既に幾度と無く交わし、答えを見せた事ではないか』
『しかしっ、私はどうしても自分を許す事が出来ない。お前だけは絶対に巻き込んではならなかった筈だ』
『そう言って貰えるは喜ばしき事かも知れぬ。だが、我にとり、主は我の帰る唯一の場所、主と生きる事の出来るこの瞬間が、何事にも代え難き代物。所詮我は主にとり、事の傍観者でしかない小さき存在であろう。ならば、主のすべき事の意味を我に見せてはくれないだろうか。主には主の、我には我の、見定めるべき事柄が在り、それが道を等しくしているに過ぎぬ。我のこの唯一の楽しみ、如何に主であっても否定する事は無理な話』
『ハーパー……』
 堅い意志で彩られたハーパーの言葉に、ソルティーは何も言い返す事が出来なかった。