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茶房 クロッカス その3

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 夕方になって、いつも通りに重さんがやって来た。
 カラ〜ン コロ〜ン
「よぅ、悟郎ちゃん。昨日は楽しかったなぁ」
「あぁ、重さん。いらっしゃい。昨日はお疲れさん」
「うーん、確かに疲れたなあ。朝起きたら足が痛くてよぉー。参ったよ」
 俺は重さんに夏季さんのことを聞いてみたくって、内心悶々としてたんだけど、なかなか口に出せないでいた。すると、思いがけず重さんの方からその話を始めた。
「なぁ悟郎ちゃん。実はな、昨日のハイキングの途中で夏季さんと色々話をしたんだが、その時つい口が滑って、夏季さんに、一緒に映画に行こうと言っちまったんだよ。俺ってバカだよなぁ。夏季さんが俺みたいな男に付き合ってなんぞくれるわけねぇのによー。まったく俺ぁ、バカだよなぁ〜」
 重さんは淋しそうな笑いを浮かべてそう言った。
「何を言ってるんだよ! 重さん。どうしてそんな風に、自分を卑下したような言い方するんだよ! 重さんは確かにカッコ良くはないよ。……金持ちでもないし、歳もいってるし。……だけど、重さんは人間としては素晴らしい人だよ! もっと自信持っていいんじゃないのか? なぁ、沙耶ちゃん」
 そう言うと俺は、沙耶ちゃんの方に目を向けて同意を求めた。
「あはは……。マスター、ま、確かに俺ぁ金持ちでもないし、歳もいってるよ。あはは。でも、そんなにできた人間でもねぇよ。マスターがそう言ってくれるのは嬉しいんだけどなっ」
 重さんは照れたように笑った。
「重さん、人間の価値って何で決まるんだろ? 私なんてまだまだ全然経験不足だし、重さんから見たら『お前みたいな若造が』って思うかもしれないけど、人間ってどれだけ自分以外の人のために何かをして上げられるか? じゃないのかなぁ……。もちろんそれを恩に着せたり、見返りを求めたりはしないでだよ。つまりは、本当の意味での思いやり……かなっ? 重さんにはそれが十分にあると思うんだけど……違うかなー?」
 沙耶ちゃんが、考えながらそう言った。
「うん! 沙耶ちゃんよく言った。重さん、沙耶ちゃんの言う通りだよ! 重さんは俺が両親を亡くしてひどく落ち込んでた時だって、どれだけ親身になって俺を心配し、そして励ましてくれたか。まったくの赤の他人の俺なのに……。今でも時々思い出すんだ。重さんには本当に感謝してるんだぜ!」
 俺は当時を思い出して言った。
「悟郎ちゃん……」
「重さん、気を悪くしないで欲しいんだけど、……実は、重さんがどうして今まで独りでいたのか聞いたわ。だからってわけじゃないけど、まだまだ重さんだってこれから幸せにならなくっちゃ! もし本当に重さんが夏季さんと付き合いたいと思っているんなら、私たち応援するわよ! ねぇマスター」
「あぁ、もちろんだよ!」
 実際のところ、俺は俺なりに少し夏季さんのことを考え始めていた所だったけど、話がこうなった以上仕方ない。咄嗟に俺は、夏季さんのことはキッパリ忘れて重さんを応援する決心をし、自分の気持ちを振り切るためにも、決意表明でもするようにこう言った。
「俺は何が何でも重さんと夏季さんの仲が上手くいくように応援するぞー!!」
「悟郎ちゃん、ありがとうよ。そんな風に思っていてくれたんだなぁ。嬉しいよ。実際の話、妹と弟があんな風に逝っちまって、この世界に独りぼっちになったと思ったら、そりゃあもう落ち込んだよ。今まで何のために生きてきたのか分からなくなっちまった。この先、生きていく気力も失くしたよ」
 そこまで言うと重さんは一旦口を閉じて、何やら考えてる風にしばし黙った。そしてまた口を開くと、重さんは感慨深げにこう言った。
「――でもなぁ、しばらくしてから気が付いたんだよ。こんなんじゃ天国に行った妹や弟が心配するかもしれねぇ。俺一人でもちゃんと生きていかなくっちゃいけねぇんだ……とな。でも正直、あの時の寂しさは同じ経験をした者にしかわかりゃしねぇと思うんだ。だからこそ悟郎ちゃんが両親を亡くして独りになったと聞いた時には、俺とおんなじだぁーと思って、何ともやるかたなかったよ。それからは悟郎ちゃんのことが気になってなぁ。でも元気になってくれて本当に良かったよ!」
 そう言って顔を上げた重さんの瞳は、少女アニメの主人公のように星が煌めいていて、やがてそれは目尻からッッーっと流れて落ちた。
 それを見た途端、俺の身体の中から熱いものが込み上げてきて、重さんの姿が霞んで見えた。
 ふと沙耶ちゃんを見ると、肩が小刻みに震えているようだった。
《俺たちって、揃いも揃ってみんな涙腺弱いんだなぁ……》と思った。
 しかし後でよく考えてみると《たかだか重さんが夏季さんを映画に誘ったっていうだけのことなんだよなぁ……プロポーズしたわけじゃないのに、ちょっと大袈裟だったよなぁ?》とも思えて一人で笑ってしまった。
 その後しばらく雑談を交わすと、
「じゃあまた明日なっ」
 そう言って重さんは帰って行った。
 そこで問題は、夏季さんが重さんにどう返事するかだ。
 俺はさっきまでとは違う意味で、それが気になるのだった。