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茶房 クロッカス その3

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 それから数日後、話題の夏季さんが店にやって来た。
 その日も慌ただしいランチタイムがようやく終わり、ホッと一息ついたところだった。
 カラ〜ン コロ〜ン
 カウベルの音に振り返ると、夏季さんだった。でも、何だかいつもの彼女とは雰囲気が違って見える。なんでだろう?
「夏季さん、いらっしゃい」
 沙耶ちゃんが声を掛けた。
「こんにちは、沙耶ちゃん!」
 夏季さんはそう言うと俺の方を向いて、
「悟郎さん、先日はお疲れさまでした」と言った。
「あ、あぁ……」
「悟郎さん、どうしたの? さっきから私のことをじーっと見て……、何か付いてるかしら?」
 夏季さんにそう言われて、俺はハッとした。
「い、いや、そういうわけじゃないんだけど……、何だかいつもの夏季さんと違うような気がして…」
「えっ? そうぉ?」
「あっ、もしかしたらアクセサリーのせいかなぁ?」と沙耶ちゃん。
「うん?」
 沙耶ちゃんに言われて改めて夏季さんを見た。
「そう言われて見れば……。夏季さん、いつもネックレスやイヤリングなんて着けてたっけ?」
「うふふ。さすが沙耶ちゃんは女の子よね。よく気が付いたわねぇ」
「やっぱりぃ〜。女って、装い一つでずいぶん印象が変わって見えるもんなんだよね〜」
「ふぅーん、そうなんだ……。でもどうして急にアクセサリーなんて?」
「うふふ……。自分でもよく分からないんだけど、何となくお洒落してみたくなったのよ。今まではそんなことこれっぽっちも思わなかったのに……、変よねぇ?」
 そう言って笑う夏季さんの顔には、以前初めて会った時のような、どことなく漂う影のようなものはほとんど感じられなかった。
「一体どういう心境の変化なんだぃ?」
 と、俺が尋ねると、
「もしかしたら重さんのせいとか……?」
 いきなり沙耶ちゃんはそう言って、ふふっと笑った。
「えっ、そうなのかぃ? もしそうなら、重さんが知ったら喜ぶぞー! オオー!」
 俺はつい嬉しくなって、右腕を天井に突き上げ、一人で歓喜に満ちた。
 そんな俺を呆れたような目で見ながら、沙耶ちゃんが冷静な口調で夏季さんに尋ねた。
「ねぇ夏季さん。本当の所どうなんですか? 重さんのせいなんですか?」
「うーーん、重さんのせいか? と聞かれるとどうなんだろう? よく分からないんだけどね。でもきっかけはやっぱり重さんかも……」
「ふぅーん、きっかけなんだぁ……」
「うん。と言うのも、考えてみると私って、ずいぶん長いこと、誰かに映画に誘われるなんてことなかった。そうねぇ、主人と別居してから……ううん、もっと前……。そうよ、主人と結婚してからだわ。主人と結婚してからというもの、男性から映画に誘われるなんてこと、ただの一度もなかったのよ。でも今回、重さんに誘われて初めて気が付いたの。こんな私みたいな者でも、そんな風に見てくれる人がいるんだってことに……」
「ふぅ〜ん」
「そしたら、何だかやけに嬉しくなって来ちゃって、どういうわけかお洒落してみたくなったのよ。でも誰に見せるってこともないので、それでここへ来てみたの。うふふっ。どうせもう少ししたら仕事に行く時間だし……。やっぱり私、変かしらぁ?」
「――たぶんそれは、変じゃないと思う。きっと女はいくつになっても、そう思ってくれる人を求めてるんじゃないかなぁ〜。そんな気がするよ」
 沙耶ちゃんは考えながらそう言い、続けて、
「で、夏季さん、重さんの映画の誘いはどうするの? 一緒に行くのぉ〜??」 
 と聞いた。
「私ね、あれから色々考えたの。重さんは寂しい人だと思う。私もある意味同じだわ。だからもしお互いに、その寂しさを埋め合うことができるなら、それはどちらにとっても素敵なことだと思うの」
 そこまで言うと、夏季さんは一旦言葉を切った。
「そうよねぇ〜」
 沙耶ちゃんが頷いた。
「――今回は映画に誘われただけだけど、もし重さんが望んでくれるなら、お付き合いしてみてもいいかなーって思ってるの。悟郎さんにも、そう勧められちゃったしね! 世の中、想う人に想われないなんてことは、よくあることだもんねっ。ねぇ〜悟郎さん!」 夏樹さんが意味ありげに俺を見た。
「えぇーっ!? 夏季さん、それってなんか意味深な発言だなあ……」
「うふふ……、そうぉ? ふふっ」
 俺はてっきり、俺と優子のことを言ってるのかと思ったんだけど、後で沙耶ちゃんにそう話すと、
「もうーマスターったら、ホントに鈍いんだから! 夏季さんは、マスターに重さんと付き合うように言われたから、マスターに振られたと思って、あんな風に言ったんだよ! どうして分からないかなぁ? ホントにもぅ……」
 沙耶ちゃんにそう言われて《えっ? そうだったの?》って感じだった。
《女心を俺に分かれ! って言われても、そりゃあ無理。オーマイゴッド!!だよ》 
 その俺の心を見透かしたように沙耶ちゃんが、究極の一言を発したのだった。
「マスター、女心を理解できるようにならないと、もし昔の彼女に再会できても、また同じことの繰り返しですよ!」
「うーん…」
 俺は『ヨシッ! 女心を勉強するぞぉー!!』などとは露ほども思わず、ただしょんぼりしたのだった。だってそんなに簡単に女心が分かるようになるのなら、俺は、今の現状にはないだろうから……。まぁこの先も、たぶん独りが続くんだろうなぁ……と、ぼんやり思った。
 夏季さんは、いつはっきりと重さんに返事をするのかは言わなかったが、OKするつもりではいるようだった。
 夏季さんが明るくなるのはとても良いことだし、それが重さんにとっても嬉しいことなら申し分ないことだと思った。
 その後少しだけ話をすると、夏季さんは、
「これから仕事に行くから、また来ますね」と言って帰って行った。

 その後もつつがなく日々は過ぎていき、俺の誕生日は誰にも祝われることもなくカレンダーの中に隠れたまま、また新しいページが現れた。
 もう十二月になるんだなぁ〜。