茶房 クロッカス その3
「おはようございまーす」
店に沙耶ちゃんの声が響いた。
「あぁ、沙耶ちゃんおはよう」
「あら! 礼子さん、おはようございます。そうか……。今日はお花の日だったんですね!」
「えぇ、沙耶ちゃんおはよう。いつも元気ね」
「エヘッ」
沙耶ちゃんが照れくさそうに笑った。
「――そうそう、礼子さん! 昨日ハイキングに行って来たんですよぉ。楽しかったー!!」
「あっそうか、昨日だったんだね。私もこのお腹でなきゃ行きたかったなぁ」
「仕方ないよ。無理して行って、万が一にもこの前みたいなことにでもなったら大変だもんなっ」
「まあねぇ……」
「そう言えば昨日の帰りなんだけどさぁ。電車に乗った時、夏季さんと並んで座ったんだよ」
「へぇー、夏季さんと? それで、それで?」
「うん、それで夏季さんと話していたら、夏季さんが重さんのことを色々教えてくれたんだよ」
「ん? 重さんのことって?」
俺は二人に、夏季さんから聞いた通りに話して聞かせた。
「ふーん、重さんてそんな辛い過去があったんだ……」
と沙耶ちゃんが哀しそうに呟き、礼子さんは、
「重さん、気の毒ねぇ……」と淋しそうに言った。
「でも、その後の方がもっと驚きなんだよ!」
「えっ? それってどういうこと?」
二人は、ほとんど同時に声を上げた。
「うん実は、……」
俺はわざと一呼吸おいて言った。
「それがさあ……」
「うんうん……」
「――それが、重さんが夏季さんを映画に誘ったんだよ!」
「えぇー! あの重さんがあ?」
沙耶ちゃんがこれ以上開けられないってくらい目一杯、目を見開いて言った。
「へぇー、あの重さんがねぇ……」
礼子さんは逆に感慨深げにそう言った。
俺は二人に向かって頷きながら、
「そうなんだよ。信じられないだろ? 俺もそれを聞いた時はすぐには信じられなかったよ」
「で、夏季さんが俺にどうしよう? って聞くんだよ」
「うんうん、それでマスターはなんて言ったの?」
沙耶ちゃんが目をクリクリさせながら聞いた。
「うん、俺もちょっと考えてさ、せっかくだから映画だけと言わずに、いっそのこと付き合ってみたらどうか? って言ったんだよ」
「えぇー!? マスターそんなこと言っちゃったのぉ!」
「えっ? 何か俺、変なこと言ったかぁ?」
「もう! マスターったら、ホント女心わかってないんだからぁ〜」
「えっ? どういうことだよ?」
「ねぇ、礼子さん。礼子さんもそう思うでしょ?」
沙耶ちゃんは礼子さんに同意を求めるようにそう言った。
沙耶ちゃんの言葉を受けて、それまで黙って聞いていた礼子さんは、
「そうねぇ、マスターにそう言われた夏季さんはがっかりしたんじゃないかしら?」
そう言って、なぜか哀れむように俺を見た。
作品名:茶房 クロッカス その3 作家名:ゆうか♪