茶房 クロッカス その3
翌朝、目が覚めて起き上がると、何だか足が変だ。
《うん? もしかしたら筋肉痛かぁ?》
そう思うと何だかおかしくなって、思わずフフッと笑ってしまった。
長いこと筋肉痛なんてものとは縁がなかった俺だ。と同時に、昨日のことが色々と思い出されて、ひとりでに笑みが零れてしまった。
《本当に楽しかったなぁ。思いがけない出会いもあったし……。みっこさんに姫ちゃん、あの後どうしたんだろう。それにコロさんと草愛さん、ちゃんと帰れたんだろうか? あっそうだ! 写真を現像に出さなきゃ!》
俺は家を出る時に忘れないように、しっかりカメラを握って玄関を出たのだった。
《昨日忘れてなきゃあんなことにも……。あっ、でもそれがあったから彼らとも会えたんだけどなぁ〜〜》
そんなことを考えながら自転車をこいで店へ向かった。
もちろん途中のスーパーに寄って写真を現像に出したのだった。
店を開けて、ちょうど朝の準備を終えた所にカウベルがカラ〜ン コロ〜ンと鳴って、いつものように花屋の礼子さんがやって来た。
「悟郎ちゃん、おはよう!」
「あぁ、礼子さん、おはよう」
「今日のお花はずいぶん迷ったんだけど桔梗にしたわ。桔梗の花言葉教えてあげましょうか?」
「ああ、何て言うんだぃ?」
「桔梗はねっ『誠実・従順・変わらぬ愛』が、花言葉なのよ」
「何だか、クロッカスに似てるなぁー」
「そうね、ただクロッカスは青春時代の言葉なのよ。どっちかと言うとね」
「なるほど……。いつも色々教えてくれてありがとうな!」
「紫の花って、どっちかと言うと好きなんだけど、秋の花って何だか淋しいのよねぇ」
「ん? 秋の花が淋しい? どうした? そんなセンチなことを言うってことは何かあったのかぃ?」と俺が言うと、
「うぅん、そういうわけじゃないのよ。ただ何となく気持ちが沈む時があるのよ。もしかしてこれがマタニティーブルーって言うものかしら?」
礼子さんは立ったままで頬杖をつくと、わずかに頭を傾げて見せた。
「へぇー、マタニティーブルー? そんなのがあるんだ。俺は男だから関係ないけど、女の人は大変なんだな」
「そうなのよ。私も初めてのことばかりだから、分からないことだらけよ」
そう言って礼子さんは両手を身体の脇に広げ、肩をひょいと持ち上げた。
「――そう言えば、この前の入院騒ぎの時は焦ったよなぁ、特に淳ちゃんが……」
俺は、あの時の淳ちゃんの慌てぶりを思い出して、フフッと笑った。
「あの時は本当に悟郎ちゃんにも迷惑掛けてしまって、ごめんなさいね。でもお陰で助かったわぁ」
「イヤー、それほどでもないさっ。それより、結局大したことにならなくて本当に良かったよなー。で、今何ヵ月になったんだっけ?」
「もう五ヵ月になったのよ! この前の戌の日には腹帯をしたのよ」
「へぇー、腹帯? そんなものをするのかぁ」
「えぇ、そうなの。一種の安産祈願みたいなものよ」
ちょうどそこへ元気な声が聞こえた。
作品名:茶房 クロッカス その3 作家名:ゆうか♪