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茶房 クロッカス その3

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 ふと見上げると、腕を広げるように伸びた枝の上で、可愛い紅葉の葉っぱたちが、優しい風に揺られ一緒に笑っているようだった。
 そして葉っぱと葉っぱの隙間からは、陽の光りがチラチラと零れるように降り注いでいた。しばらくはみんなの視線は紅葉に注がれた。
 ――休憩の後またみんなで歩いて、ようやくT峡の出口まで辿り着いた。
 ここからは一旦道路へ出てバスに乗り、来た時のT峡駅まで戻らなければならない。俺たちはバス停で、待つほどもなく来たバスに乗った。
 十五分ほどバスに揺られるとT峡駅に着いた。
 ここでコロさんたちとは別れることになるので、俺とコロさんとで住所や連絡先を書いたメモを交換した。そして、撮った写真を送る約束をして別れの挨拶を交わした。
「みなさん、是非お元気でお過ごし下さい。オラも機会があったら是非、悟郎さんの店に寄らせてもらいますので、その時は宜しゅうお願いしますよ」
「私も是非寄らせてもらいたいです。今日は本当にご一緒させて頂いて楽しかったですわ。それでは皆さん、さようなら」
 コロさんと草愛さんは俺たちにそう言って、バイクを置いてある方へと向かって歩いて行った。俺たちは手を振りながら見送った。

 帰りの電車も行楽客でそれなりに混んではいたけど、何とかみんな座れたようだった。
 重さんと小橋さんとおりゅうさん、良くんと沙耶ちゃん、それぞれが一緒に座り、俺は夏季さんと並んで座った。
「ねぇ悟郎さん、今日は本当に楽しかったわあ! 渓流沿いを歩きながら重さんと色々お話したんだけど、あの人若い頃は、年の離れた兄弟のためだけに頑張って働いてきたそうよ。そのせいで婚期も逃しちゃったみたいなの。悟郎さん、知ってた?」
「へぇ〜、そうだったのか。……それは知らなかったなぁ」
「それだけじゃないのよ! その大切にしていた妹さんは悪い男に騙されて、そのショックで自殺してしまったらしいの……」
「えーっ!? 自殺?」
「えぇ。……でも、まだそれだけじゃないの。彼には弟さんもいたらしいんだけど、その人も若くして交通事故で亡くなったそうなの」
「交通事故?」
 俺は一瞬、親父とお袋を襲った事故を思い出して、身体の体温が急速に下がっていくのを感じた。
「そうか……、そんな辛い思いを何度も……。そんなこと一っ言も言わないんだもんなー」
 俺は胸が切なくなった。
 重さんがそんなに何度も辛い思いをしてたなんて……。
「私も、話を聞いても何て言ってあげたらいいのか……。本当に困ったわ」
「そうだろうなぁー。俺だってたぶん何も言えないと思うよ」
「えぇ。それで私が何も言わないもんだから、重さんったら『もうぜーんぶ大昔のことだから、とっくに忘れちまったよ!』って、明るく笑って言うのよ。私、つい笑ってしまったんだけどね」
「うん…」
「そしたらその後『そんな俺だけど、良かったら今度一瞬に映画でも観に行かねぇか?』って誘われちゃったの。どうしよう?」
「えぇー!? 重さんがぁ!?」
 俺はびっくりして次の言葉が出てこない。
「うーん、確かに重さんはスマートな人だとは言えないけど、人間的にはとても暖かい人だと思うよ。映画だけとは言わずに、夏季さんさえ良かったら少し付き合ってみたらどうだぃ?」
 ――俺は少し思案した後そう言った。

「えっ! 付き合うって? …そう…」
 そう言ったきり夏季さんは黙ってしまった。
《うん? 俺、何か悪いこと言ったかなー?》
 と思っていたら、ちょうどその時沙耶ちゃんがクリスマスのことで話しかけてきて、俺はそのことをすっかり忘れてしまっていた。

 駅に着いて、さすがに少々疲れ気味のみんなと駅前で別れ、店に寄って自転車に乗って自宅へ帰った。風呂に入って夕食を済ませると、ほとんどテレビを見る間もなく、俺は深い眠りに落ちてしまった。