茶房 クロッカス その3
それから数日後の夕方、京子ちゃんが約束通り、京平に宛てて書いた別れの手紙を持って、沙耶ちゃんが帰った頃を見計らってやって来た。
「悟郎さん、この前言ったように書いてみたの。読んでみて」
そう言って手渡された手紙を丁寧に封筒から出すと、俺は声には出さずに目だけで読んでいった。
『京平、お元気ですか? 今日はとても辛いお知らせです。
これを読んだらもうきっと、京平は私を許すことはないでしょう。
だからこの手紙はきっと、私と京平とを別れさせる手紙になるのでしょうね。
先日会社の飲み会がありました。私も参加し、皆楽しくて、私もついつい飲み過ぎて酔っ払ってしまいました。
二次会に行く時のことです。前に話したAさんが二人だけで飲もうと言い出しました。
Aさんは社内でも仕事が良くできるし、若いけど人望もある人です。
交際を申し込まれましたが、まだはっきりとは返事をしていませんでした。
それでも彼は、『気長に待つから……』と言ってくれていました。
私は正直に京平のことも話しました。そして、連絡がないことも……。
彼は、私の気持ちが落ち着くまで待つと……、そうも言ってくれました。
そしてその日の夜、二人で少し酔いを醒まそうと一軒の喫茶店に入りました。
覚えていますか? 上京する京平との別れの日、二人で入ったあの店です。
「茶房 クロッカス」
今もまだあるんですよ。マスターも変わらずで……。
私はあの日から時々一人で行っていました。
そして、マスターと京平の話をするのが好きだったんです。そこへ彼と行きました。
マスターは何かを察したのか、あの曲をかけてくれて、彼がちょっと席を外した隙に、私に一枚のハンカチを手渡してくれました。
白い木綿のハンカチーフを……。
そして、席に戻ってきた彼に私は言いました。
「お願いがあるの。……私を抱いて下さい」と。
彼は驚いていたけど、すぐに了解して、店を出る準備を始めました。
きっと私の気が変わらない内にとでも思ったんでしょうね。
曲が流れていました。
恋人よ 君を忘れて 変わってく ぼくを許して
毎日愉快に 過ごす街角 ぼくは ぼくは帰れない
あなた 最後のわがまま 贈りものをねだるわ
ねえ 涙拭く木綿(もめん)の ハンカチーフください
ハンカチーフください
想い出の曲でした。
でも、決して最後の歌詞のようにはならないと信じていたのに……。
私は彼に抱かれでもしない限り、京平を忘れることができそうになかったんです。
その夜私は、私の人生での二人目の男性に抱かれました。
彼とのセックスは、やはり京平との初めての時とは違いました。
私はイクこともなく、彼だけがイって終わりました。
しかしそれは、何度か肌を重ねていけば、きっと変わるものなのかも知れません。
もうこれできっと、後戻りもできないし、やり直すこともできないでしょうね。
さようなら 』
作品名:茶房 クロッカス その3 作家名:ゆうか♪