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茶房 クロッカス その3

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 その日の夕方、思いがけず淳ちゃんが店に来た。
 カウベルが鳴るより先に、淳ちゃんが飛び越むように入ってきた。
「あれっ? 淳ちゃん、どうしたんだぃ? こんな時間に……」
「悟郎ちゃん、どうしよ?! 礼子が今救急車で運ばれたんだ!」
「えっ! どういうことだよ? 一体」
「だから、礼子が……。アァ、どうしよう」
「淳ちゃん落ち着いて! さぁ、これ飲んで」
 俺は冷たい水をグラスに入れて淳ちゃんに渡した。
 ゴクゴクッとそれを飲み干すと、やっと少し落ち着きを取り戻した淳ちゃんが、ことの成り行きを話してくれた。
「夕方から、急にお腹が妙に張ると礼子が言うもんだから、無理しないで横になるように言ったんだ! それなのに礼子は大丈夫だからと言って、俺の言うことを聞かなかった。そしたらその少しあとに突然出血したんで、あっ! これはいけないと思ってすぐ救急車を呼んだ。救急車はすぐに来てくれて簡単な診察をすると、『赤ちゃんが危険な状態ですから、即入院の必要があります。奥さんはこのまま中央病院に搬送しますから、ご主人は入院に必要なものを準備して、すぐ後から来て下さい。受付で分かるようにしておきますから』そう言われたんだ。入院に必要なものって、一体どんな物なんだよう? 俺、入院なんてしたことないから分からねぇよう。助けてくれよぉ、悟郎ちゃん!」
「淳ちゃん、それは大変だ! すぐに支度して行かなきゃ。ちょっと待って!」 
 そう言うと俺は、大急ぎで店の戸締まりだけ済ませ、淳ちゃんを促して一緒に彼らの家に行った。
 二人の住まいは、花屋の店舗の裏に隣接してあるので、俺の店からもすぐの距離だった。
 玄関を入って部屋に上がると、こんな時なのに、とても整理整頓の行き届いた部屋の様子に、《あぁ、やはり礼子さんらしいや》などと感心した。
 そして、淳ちゃんに必要と思われるものを順に言ってバックに詰めさせた。
 パジャマ、洗面用具一式、ティッシュ、湯飲み茶碗、箸、スプーン、シャンプー、コンディショナーなどの入浴用具、タオルを余分に数枚、あっ! 下着の替えと、一応スリッパもあった方がいいかも……。
「あと足りないものがあったら、病院の売店で買えばいいよ」
 そう言って一通りのものを詰め終わると、淳ちゃんの店の配達用のバンに乗って病院へ急行した。

 受付で、名前と救急車で運ばれた事情を話すと、すぐに部屋を教えてもらえた。
 俺たちは少々重いバックを手に、教えられた部屋を探して歩いた。

 目当ての部屋はナースステーションのすぐ近くだったので、実際のところは探すと言うほどのことでもなかったのだが、二人とも妙に緊張していたので、病室に入って礼子さんの眠っている顔を見ると、あぁ〜良かった! と、安堵の溜息をついたのだった。
 礼子さんの身体には、点滴のチューブやら心電図の機械やら、何だか分からない物が色々繋がれてはいたけど、思ったよりその顔色は悪くなかったので、淳ちゃんも多少は安心したようだった。
 しかし、礼子さんはともかく赤ちゃんの様子が分からない。
「俺、ちょっと看護師さんに赤ん坊の様子聞いてくるから、悟郎ちゃん悪いんだけど、もう少し礼子の傍についててくれないかぃ?」
 そう言う淳ちゃんに
「ああ、もちろんOKだよ! 任せとけ」と、俺は答えた。

 淳ちゃんが戻ってくるまでの間俺は、礼子さんのお腹の赤ちゃんに話し掛けた。
「おい、きっと元気で生まれて来るんだぞ! お前のママとパパは、本当に切実に、お前の無事な誕生を待ち望んでいるんだからなっ。分かったな!」
 果たして俺の声が届いたかどうか……。取り敢えず、その後戻ってきた淳ちゃんの話では、危ないところだったけど、何とか赤ん坊は持ち堪えたらしい。
 但し、しばらくは安静にする必要があるので、少なくとも一週間ほどは入院になるらしい。
「あぁ、一週間も入院かあ……」と、淳ちゃんがポロッと言った。
「淳ちゃん、何を言ってるんだぃ! 二人が無事だったんだから何よりじゃないかっ。一週間くらいなんでもないさ。すぐに退院できるよ!」
 俺がそう言うと、
「そうだよなぁ。助かっただけでも感謝しなきゃなあ。あ、悟郎ちゃん、ごめん! こんな時間まで付き合わせちゃって。俺、今日はこのまま礼子に付き添ってやろうと思うから、送って行けなくて本当に悪いんだけど……」
「ああ、いいんだよそんなこと。俺はタクシーででも適当に帰るから、俺のことは気にしないで、礼子さんにきっちり付いててやれよ! じゃあ、俺はこれで帰るから。じゃあお大事になっ」
「ああ、色々ありがとう」
「うん、またな」
 そう言って俺は引き上げて来た。
 タクシーで自宅に帰って、今日の伝票などを店に置いて来てしまったことに気付き、アチャー! と思ったけど、ま、仕方ないか……と思って、疲れていたのでそのまま眠ってしまった。