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茶房 クロッカス その3

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 俺が店じまいの準備を始めていると、思いがけずカウベルが呼んだ。
 カラ〜ン コロ〜ン
《うん? 今頃……?》
 顔を上げてドアの方を見ると、京子ちゃんが立っている。そしてその後には一人の男性が……。初めて見る顔だった。
「やあ、京子ちゃん。いらっしゃい。今日はやけに遅い時間だね」
 そう言いながら、
《ん? これはもしかしたら、京子ちゃんが言ってた阿部って奴かぁ? じゃあ、もしかしたら今日……、というつもりなんだろうか?》と考えた。
「悟郎さん、ごめんなさい。こんな時間に来て……。まだいいかしら?」
「ああ、もちろんだよ! どこでも好きな所に座って」
 そう答えると、二人は外の花壇が見えるボックス席に腰を下ろした。
 俺がお冷やを持ってテーブルまで行くと、
「悟郎さん、この人が前に話した阿部さんよ。今まで飲み会だったの」
 京子ちゃんがそう言って、阿部さんを紹介してくれた。
「いらっしゃい、阿部さん。噂は京子ちゃんから聞いてますよ」と、言うと、
「あっそうなんですかぁ? いやー参ったなぁ〜。あはは……」
 と、彼が笑った。
《どうやら陽気で気さくなタイプらしい。まずはいいんじゃないか?》と勝手に品定めをしていた。

 その後、注文の紅茶とコーヒーの準備をカウンターの中でしながら、耳は二人の会話に張り付いていた。そして、万が一のことを考えてあの時の曲をかけた。
 それは、京子ちゃんと京平が初めてこの店に来た時、俺からのプレゼントの意味でかけたあの曲だった。二人に別れが来ないようにと、祈りを込めて……。

 静かに前奏が流れ、そして歌詞がメロディーを辿った。

 恋人よ 僕は旅立つ 東へと向かう列車で
 はなやいだ街で 君への贈りもの 探す 探すつもりだ  
 いいえ あなた 私は 欲しいものは ないのよ  
 ただ都会の絵の具に 染まらないで 帰って  
 染まらないで 帰って

 二人の会話は最初の内、さっきまでの飲み会の話をしていたようだったが、
「ちょっと待ってて……」
 と言い残すと、何を思ったのか彼はトイレに立った。
 もしかしたら緊張してるのか?

 恋人よ 半年が過ぎ 逢えないが 泣かないでくれ  
 都会で流行(はやり)の 指輪を送るよ 君に 君に似合うはずだ 
 いいえ 星のダイヤも 海に眠る 真珠も  
 きっと あなたのキスほど きらめくはずないもの  
 きらめくはずないもの