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茶房 クロッカス その3

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 その日の夕方も、やはりいつもの無精髭の人は店にやってきた。
 それはすでに毎日の日課のようになっていたが、以前のように暗いイメージはほぼ消えて、俺との会話の内容も、日々楽しそうに暮らしている様子を、来る度に話してくれた。
 もちろんトレードマークの〔俺が勝手に決めていた〕無精髭も、最近では綺麗に剃ってあった。

 ――ある時、俺は思い切って名前を尋ねてみた。
「あのぅ、良かったら名前教えてもらえますか?」
「ああ、申し遅れました。私は水無月 乱(みなづき らん)と申します」
「俺は、前田悟郎です。水無月 乱って、変わった名前ですね。お仕事は何を?」
「まぁ大した事はしてないんですが、一応著述業をしています」
「著述業ということは、何か小説とかでも書いているんですか?」
「はい、もちろん依頼があれば小説も書きますし、旅行記とか、ひと言コメントとか、コラム、詩やエッセイなんかも書くんですよ」
「へえぇーそりゃあ凄いや、尊敬しちゃうなぁー」
「いや、それほどではありませんよ。それに体調を悪くしてからは、毎日こうして病院通いですからね。書きたくても書けないのが現状ですよ。だからこそ、余計に落ち込んでたんですが……、本当にマスターのお陰です。こうして生きることを楽しめるようになりましたから。はっはっはっは」
「いゃー、俺は何も〔頭ポリポリ〕……。じゃあ毎日うちに来られるのは、もしかしたら病院の帰りなんですか?」
「はい、そうなんです。行きたくはないんですが、仕方がないんです」
 その後雑談を少しして、水無月さんは、
「では、また明日」
 そう言って帰って行った。