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茶房 クロッカス その3

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 九月も終わりに近付いたある日のこと。
 その日は珍しく、店の常連さんたちが次々と店にやって来た。
 その一番乗りは小橋さんだった。
 カウベルの呼び声と共に、
「マスターおはよー! 元気―?」と、やけに朝からハイテンションな様子。
「やあー早いですねー、仕事の帰りですか?」
「ああ、コーヒー頼むねっ」
「あいよっ! 今日は何か良いことでもあったんですか? やけにテンション高そうだけど……」
「そう? 特に何もないよ。ただ夜勤であんまり寝てないから、そのせいかもな」
「あぁ、確かに……、そういうことってあるよね」
 話しながら淹れたコーヒーを、
「はい、お待ちー!」とカウンターに置くと、小橋さんはカップに鼻を近付けて
「うーん、やっぱりマスターのコーヒーはいいなあ」
 そう言って香りを楽しんでからカップを口に運んだ。
「いやぁ〜」 (頭ポリポリ、フ、フケが……何てことはなかった)
「――小橋さん、優子さんとはその後どう?」
 俺はどうしてもそれが気になって聞いてしまった。
「いやぁー、それが最悪でさぁ……」
「えっ? 最悪って?」
「――うん、この前久々にパチンコに行ったのさ」
「パチンコ?」
「あぁ、そしたらさー、最初は良かったんだよ! ところが途中からハマリに入っちゃってさー、気が付いたら大負けでさー、お陰で小遣いがかなり減っちゃたわけさ。そうなると飲みに行きたくても行けないわけさ。結局、優子さんにも会えない……と、こうなるのさぁ」
「ああ、なるほどねーそう言うことか……」
「もう絶対パチンコなんか行かないぞっ!」
「ホントかなぁ?」
「……ま、しばらくは行かないなっ!」
「そう?」
「……でも今度は出るかも知れないしなぁ。うーん、……よしっ、今度こそ負けないぞっ」
「えー?!」
「うん、絶対取り返してやる!」
「はぁ〜」
《ダメだ、こりゃあ。女グセとパチンコさえ止めれば奥さん喜ぶだろうになぁ……》
 他人事ながら溜息がこぼれた。
 そして沙耶ちゃんが出勤して来たのと入れ違いに、
「今度こそ勝ってやる!」と繰り返しながら帰って行った。
 それを見送って沙耶ちゃんが一言。
「小橋さん、誰かと果たし合いでもするんですかぁ?」と聞いた。
「果たし合い? ……それって時代劇の見過ぎじゃないの?」
「あれっ? マスター、私が時代劇見たってなんでわかるんですかー?」
「そりゃあわかるだろうさ。……果し合いなんて……」
「うふっ、昨日ね、水戸黄門を見たんですよ。そしたらその中で親を殺した敵に対しての果し合いをやってたんですよ。それでねっ、小橋さんもそうかと……へへへっ……、やっぱり違いましたかぁ?」
 俺は思わず両の手の平を上に向けて、
「はぁ〜〜〜〜」と、大きく溜息をついたのだった。
《沙耶ちゃんは、若干天然の気があったらしい。……気が付かなかったあ……》