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茶房 クロッカス その3

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 それから数日後、その日は両親の命日だった。
 朝起きると、久しぶりに仏壇の前に座った。ご飯と水を供えて、花を新しく換えた。ろうそくを立て、火を燈し、線香に移らせて高炉に立てる。
 じっと前を見つめ、おもむろにリンを鳴らすと、その音がリ〜〜ンと部屋に響いた。手を合わせ、親父たちに心の中で挨拶をした。
 さぁ、次は墓参りだ。
 墓地は自宅から自転車で四十分ばかりの所にあり、俺は線香とろうそく、そして礼子さんの店で買って用意しておいた墓地用の花を持って出掛けた。
 墓の前に立ち、久しぶりに親父とお袋に挨拶をした。
「親父、お袋、俺一人でも何とかやってるから……。これからもずっと、見ててくれよな。あの時、夢の中で言ったように………」
 それだけ言うと、
《『男のくせに…』とお袋があの世で笑ってるかもな》と思いながらも、涙が頬を伝って落ちるのを止めることができなかった。
 墓の掃除をしてお参りを済ませると、また自転車に乗って来た道をまっすぐ自宅へと戻った。

 俺は、クロッカスをオープンしてからというものほとんど休んだことがない。盆暮れで休む以外に店を閉めるのは、今日みたいに親の命日の墓参りの時くらいのもんだ。
 もっと、例えば週に一回でも休みを取っても良いようなもんだが、実際休みを取っても一人で何するわけでもなく、ただ暇を持て余すだけだった。
 それに、もし病気でもしたら、その時は休むしかないのだからと思っていた。
 ところが俺は馬鹿だからか、滅多に風邪を引くこともなかったし、たまに頭痛や腹痛に見舞われることがあっても、大抵は早目に飲む市販の薬で、大して悪化することもなく回復していた。
 まぁそれはある意味、もし寝込んだりしても誰も看てはくれないという、反面強迫観念みたいなものを感じていたからかも知れなかった。
 突然、今まですぐそばにいた身内が一人もいなくなるというのは、経験した人にしか分からないかも知れないけど、たまらなく心細いものなんだ。
 俺も両親を亡くしてみて初めて分かった。
 あの時、俺にあの店がなかったら……、そして、あの店の常連のみんながいなかったら……、そう考えると、自分はまだ恵まれていたのだと、今更ながらに思う。みんなのお陰で今日までの俺があるのだから……。
 自転車をこぎながら、とめどなく色んなことを考えていた。