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茶房 クロッカス その3

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 九月に入って二度目の日曜日。その日は薫ちゃんの結婚式の日だった。
 沙耶ちゃんは結婚式に招待されていたので、今日は店は休みだ。
 ふと時計を見た。もう式が始まっている時間だ。

 最近店に来た時の薫ちゃんは、お腹が少しだけ目立つようになっていた。
 しかし、最近はよくしたもので、そういう妊婦さん用のウェディングドレスもあるらしい。
 今日はどんなドレスを来て微笑んでいるんだろう。
 沙耶ちゃんが後で報告してくれることになってはいるが……。
《まだ一度も結婚したことのない俺には分からないけど、やっぱり嬉しいんだろうなぁ。〔当たり前〕みんなから祝福されて結婚式かぁ、いいなあ。俺にはそんな日が来るんだろうか? 多分このままじゃ……来ないなぁ……》
 そんな喜ぶべき日に、情けないことを考えていた俺の目に、またしてもカレンダーに付けた赤い丸印が……。
 そうなんだよなぁ、親父たちには孫も見せてやれなかったなあ。
 俺って親不孝者かも……。
「だからって、いきなり一人ぼっちにしなくてもいいじゃないかっ」
 俺は、もういない両親に八つ当たり気味に言ってみた。
「もし天国で聞いてるなら何か言ってみろよ」
 そう言いたい気分だった。

 だってあの日、ドアを開けて入った病室のベッドの上の親父とお袋は……。
 二人は固く目を閉じ、顔色は蒼白でありながら、しかしその唇にはかすかな微笑みを浮かべているように見えた。
 親父たちはまだふたりで旅行の途中なのかも知れない。ふとそんな考えが頭をよぎった。
 刑事さんの話では、大型トラックが居眠り運転をして、前を走っていた親父の車に激突したらしい。
 親父たちはきっと、楽しい会話を交わしながらドライブを楽しんでいただろうに……。突然の出来事に驚く暇もなかったのかも知れない。
 親父たちの唇は、その時の楽しさを物語っているように思えた。
 何にしても、後ろからいきなり追突された親父の車は、呆気なく弾き飛ばされ、一回転したあと路肩に堰き止められるようにして止まったとか……。
 警察や消防が駆けつけた時には、かなり悲惨な状態だったようだ。
 外的な損傷は、救急車で運び込まれてすぐの手当てのせいか、見た目は比較的綺麗で、顔色さえこんなに蒼白くなければ、決して死んでいるなどとは思わないだろう。
「親父……お袋……」
 蚊の鳴くような声で呼んでみた。当然だけど返事があるはずもなく、俺は途方に暮れた。
 最初に事故の連絡をもらった時にも、『死ぬ』などということは全く頭にはなく、ただ《長期の入院になるのかなぁ?》とだけ思った。
 人間というものは、あまりにも予期せぬ状況に出くわすと、俄かには受け入れられないものなのかも知れない。頭では分かっているのに、どうしたら良いのかさっぱり分からなかった。ただ、大きなものを失ったという、漠然とした喪失感だけがじわじわと俺を包んでいった。