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茶房 クロッカス その3

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 その後、また席に着いた時、俺はふと思い出して話し掛けた。
「夏季さん、この前の話だけど……」
「えっ……」
「ご主人とのこと」
「あぁ……」
「夏季さんはご主人を裏切ってはいないんだろ? だったら家を出ることなかったんじゃないのかぃ?」
 俺はそう言った。すると夏季さんが、
「ああ、そのことね。うん、確かにそうかも知れない。でも、主人が苦しんでいるのを見るのが辛かったの」
「………」
「――主人にとっては、私が裏切ったかどうかよりも、私に愛されていないという事実が辛かったんだと思うの。それを認めるのが……。それなのに、私も『主人を愛してる』って自信を持って言うことができなかったの。会社の男性に心が動いたのは確かだし……。まぁ、一般的に言う浮気はもちろんしてないけど、言うなら心の浮気はしたわけだから……」
「そんなものなのかなぁー?」
 俺にはよくは分らなかったので、そうとしか言えなかった。
 しかし、まだやり直せるような気がしてならなかったし、そうなって欲しいと思った。

 その後は話題を変えて、飲みながら話をしていたら、突然夏季さんが頭を俺の肩に預けてきた。
 大分酔いが回ってきているせいもあるかも知れないけど、きっと淋しいんだ。そう感じた俺は、そっと背中に手を回して彼女の肩を抱いた。そしたら何故か、彼女は急にしゃくるように泣き出した。
《きっと、今までの辛いことが頭を駆け巡っているのかも……》
 勝手にそう思った俺は、俺の腕の下で、上下に揺れる彼女の肩を掴む腕に力を込めた。
 彼女は少しして泣き止むと、囁くように言った。
「ごめんなさい」
「いいんだ。もう大丈夫かぃ?」と、俺は言って、ママが気を利かして用意してくれたお絞りを手渡した。
 ママは何も言わなかったけど、俺が泣かしたと思ってるかも知れない。
《どっかで弁明しとかなきゃ……》などと、どうでもいいことを考えていた。

 その後夜も更けてきて、俺たちは店を出て、昼間の暑さが消えて少し涼しくなった夜風に吹かれながら歩いた。
 彼女の家まで送るつもりだったが、彼女が断ったので駅の近くで別れることにした。
「じゃあ、おやすみ。気を付けてね」
「ええ、ありがとう。今日は楽しかったわ。またお店にもお邪魔していいかしら?」
「ああ、もちろんだよ。俺もまた弁当買いに行くし」
「ええ、待ってます。じゃあ、おやすみなさい」
 彼女は家に帰ったら、もしかしたらまた独りで泣くのかも知れない。
 ふとそんな想像が頭を掠めて、俺は胸がキュッとなった。