茶房 クロッカス その3
それから、二、三日後の夕方六時半を過ぎた頃だった。
すでに沙耶ちゃんは六時で上がり、店には俺一人だった。
今日はもうお客さんも来なさそうだし、ぼちぼち店を閉める準備でもするかあーと思っていた所へカウベルが来客を告げた。
カラ〜ン コロ〜ン
ん? と思って見ると、夏季さんだった。
「夏季さん。……どうしたんだぃ? こんな時間に……」
「マスターごめんなさい。もしかしたらお店、もうお終いかしら?」
「あ、あぁ、それはいいけど……どうした?」
「うん、特にどうしたってわけじゃないんだけど……」
「まぁ、座れば?」
俺がそう言うと、夏季さんは申し訳なさそうにカウンターの椅子に掛けた。
「何か飲むかぃ?」
「実は今日は仕事休みで、でも用事があって近くまで来たんです。そしたら急にマスターの顔が見たくなって……」
よく見ると、そう言った夏季さんの顔が少し赤くなっていた。
俺は沙耶ちゃんの言った言葉を思い出した。
『絶対 夏季さんはマスターに気がありますって』
《ウーーン……でもなぁ……まさかなぁ》
俺は少し考えて、
「夏季さん、今どうせ店を閉めようかと思ってた所なんだ。良かったらこのまま一緒に、どこかへ飲みにでも行かないかぃ? あ、もちろん夏季さんが都合悪いならいいんだけど……」
そう言ってみた。でも決してやましい気持ちがあるわけじゃないぞっ!
〔って、誰に言ってるんだ?〕
「えっ?! 本当ですか? 私はどうせ帰っても一人だし……」
「あっ、じゃあ俺と一緒じゃん! 俺もどうせ帰っても一人だし。滅多に飲みに行くこともないんだよ。一人で行ってもつまんないしね。夏季さんは酒飲めるの?」
「ええ、多少は飲めます。でもそんなに大酒飲みじゃないし、普段はほとんど飲まないんだけど……」
「それなら、本当に俺と同じじゃないか。ははははっ」
「――じゃあ、一緒に行こうよ」
「えぇ」
話がまとまり、俺は急いで店を片付けると、自転車を押しながら夏季さんと二人で歩いて、以前小橋さんが連れて行ってくれた『R』へ向かった。
俺は普段飲みに行くこともないから、特別行きつけの店もないし、他に思い付かなかった。
作品名:茶房 クロッカス その3 作家名:ゆうか♪