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茶房 クロッカス その3

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「――実はね、私たち夫婦は今は別居中なんです」
 夏季さんは、とつとつと自分のことを話し始めた。

 私たちは恋愛結婚だったの。
 あれは、そう私が十八歳の時だったわ。
 私は当時、親に対する反抗心もあって、あまり良くない連中と付き合っていてね。主人と知り合ったのは、ちょうどそんな時でした。
 私の学校の友達つながりで出会い、その時彼は二十九歳で、私から見るとずっと大人に見えたわ。
 どういうわけか私のことを気に入ってくれたみたいで、何度もデートに誘ってくれて……。
 でも、その頃の私はまだまだ子供だったから、年の近い友達と遊ぶ方が楽しかったので、彼からの誘いは、何だかんだと理由を付けて断っていたの。
 ところがある日の誘いで、彼はこう言ったんです。
「明日は僕の誕生日なんだ。だから是非、明日だけは君と二人で過ごしたい。もちろんプレゼントなんて何もいらないよ。ただ君に傍にいて欲しいだけなんだ。どうだろう? もしそれが無理なら、もう金輪際、君をデートに誘ったりはしないよ。もちろん電話もしない」
 彼にそこまで言われて初めて、今までずっと断ってきたことを、本当に申し訳ないと思ったの。それで、その時ばかりは彼の誘いに応じることにしたんです。
 彼との待ち合わせ場所に、本当にささやかなプレゼントを用意して出掛けました。
 先に来て待っていた彼は、私の姿を見つけると、そりゃあもう誰が見ても明らかなくらいの喜びの表情で、私を迎えてくれました。
 私からのプレゼントもたいそう喜んでくれて、その彼の顔を見ていると、なぜか私まで幸せな気持ちになったの。
 それまで、彼のような人とは付き合ったこともなかったから、思いのほか新鮮だった。

 初めてのデートで私は、それまでの男友達とは違う「大人の男の優しさ」をすご〜く感じて、それからは彼と頻繁にデートするようになったの。
 彼は、いつも変わらず私を大切にしてくれて、私は、彼に愛されていることをとても幸せに思った。
 彼の忠告に従い、悪い仲間とも次第に離れていき、両親も彼とのことを喜んでくれたの。だから彼からプロポーズされた時も、私は何も迷わなかった。
 でもそれが大きな間違いだったの。
 だけどその時は分からなかった。
 愛されることと、愛することは別なんだってことが……。
 それが分かったのは、彼と結婚してずいぶん経ってからだった。
 娘が生まれて、その子を育てている時は忙しかったけどそれなりに幸せだったし、主人は私のことも娘のことも、どちらも大切にしてくれたわ。
 ところがその娘が一人立ちした後、私は心にぽっかり穴が開いてしまったの。 
 主人は今までと全く変わってないはずなのに、何だかとても遠い人に感じてきたの。愛されることに慣れ過ぎてしまったんだと思う。
 馬鹿な私は、勤め始めた会社の、一人の男性に好意を持つようになって……。  
 その人も私に好意を抱いてくれてたみたいだった。

 ある日、その人に食事に誘われたの。その日はたまたま、主人も仕事の都合で遅くなる予定だったから、家に帰ってもどうせ一人の食事。
 それなら……まぁ、いいかなって思って付き合うことにしたの。
 でも、それはするべきじゃなかった。
 私は『他人の目』というものを考えてなかったのよ。
 特別やましい付き合いをしているわけでもなかったし、食事を一緒にするだけだし……と思っていた。ところが現実はそんなに甘いもんじゃなかったの。

 翌日、仕事から帰った主人がいきなり私に言ったの。
「夏季、昨日はお前、食事はどうしたんだ?」って。
 私はそこで、何も隠す必要なんてなかったのに、なぜか嘘をついてしまったの。
「あら、昨日はおうちで一人で食べたわよ」って。
 私は、主人が私を疑ってるなんて思ってもみなかった。
『以前と変わらず私を愛し、私を信じてくれてる』 
 そう思っていたの。それなのに………。
 私がついた何でもない嘘で、それらがガラガラと崩れていったのに、私は気付いてなかったの。