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茶房 クロッカス その3

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 早速弁当を開いて中を見ると、なかなか旨そう。
「いっただきまーす」
 誰もいるわけでもないのに、そう言って食べ始めた。
 久しぶりに、弁当とは言え他人が作ってくれたものを食べるので、少しハイになっていたのかも……。
「はぁー満足、満足」
 弁当は確かに沙耶ちゃんが言っていた通り旨かった。
《これなら当分は、晩御飯はこれにするかな……》
 俺は心の中でにんまりした。
 それからしばらくは、ほぼ毎日のように、帰りにその弁当屋へ寄るのが俺の帰宅コースになった。
 当然ながら、なつきさんとは顔見知りになった。
 
 何度目かの弁当を買いに行った時のこと。
 俺は弁当ができるのを待つ間、いつもなら椅子に座って黙って待つんだけど、その日は他に客もいなかったので、なつきさんに話し掛けてみた。
「ねぇ、なつきさん」
「はい、なんでしょうか?」
「俺はこのすぐ近くで『茶房 クロッカス』っていう喫茶店をやってる、前田悟郎っていうんだけど、なつきさんってどんな字を書くの?」
「えっ、私の名前ですか?」
「あぁ、どんな字なの?」
「うふふ、そんなこと聞いてどうするんですか?」
「うーーん、ちょっと口説いちゃおうかな?」
 俺はそう言うと、いたずらっ子のように「あははは……」と、笑った。
「まぁ、悟郎さんって面白い人ですねっ。うふふふ……」
「――私の名前は、夏の季節って書いて夏季です」
「そうか、夏季さんかぁ。素敵な名前だね」
「そうですか? そんなこと言われたの初めてだわ。いつもは『やっぱりそうなんだ。だって色黒いもんね』とか、『夏生まれなの?』とか、そんなことしか言われたことないんですよ。何だか嬉しいわあ」
「じゃあ夏季さん、また今度ゆっくり話でもしに来ませんか? 俺の店に」
「えっ、悟郎さんの店にですかぁ?」
 そう言うと夏季さんは少しもじもじしながら、
「実は私、一人でお店に入れない性質〔たち〕なんですよぉー」と、言った。
「へぇーそうなの? でも俺の店って、俺ともう一人沙耶ちゃんて若い子と二人だけだから、なーんにも心配することないよ。俺が美味しいコーヒーを淹れるから、是非おいでよ」
 そう言って誘った。
 実のところ、何となく夏季さんに漂う暗い影が気に掛かっていた。
 出来上がった弁当を手に帰りがけ、もう一度夏季さんに、
「じゃあきっとだよ。待ってるからね!」
 そう言って店を出た。