深淵「最上の愛」 最終章 残されたもの
「そうでっか、そんなら知らはらへんかも知れんけど、この辺で一番の暴力団の山中組の幹部が殺されましてね、今日は葬儀なんですよ。警察がぎょうさん出て警戒してますわ。物騒な世の中でんな、ほんまに」
「誰ですか?名前知ってますか?」
「え〜っと、水島やったかな・・・確か。テレビでもやってましたよ」
「本当か!・・・悪いがその葬儀場に車回してくれないか?」
「何ですって?なんでそんなところへ行くんですか?」
「・・・知り合いです」
「ほんならあんたさんも・・・そうでっか、解りました。変な事言うて堪忍してください」
「俺は堅気だよ。妻も一般人だ。心配しないでいいよ」
「そうですか・・・おおきに」
絵美は森岡の携帯に電話をした。
「おめでとう。今神戸に来ているんだけど、大変なことになったわね」
「おめでとうございます。正月からえらいことしてくれよりましたわ。小野田の仕業でしょうけど、葬儀が終わったら神戸は騒然となりますわ。こんな時に来てもろうてすんません」
「いいのよ、戸村はこれから水島さんの葬儀に行くといってるの」
「何ですって?縁切ったんと違うんですか?」
「葬儀は別よ。世話になった人だからお別れがしたいんだと思うよ」
「じゃあ、絵美さんだけこっちに来てください。朋子と待っていてもらえませんか?」
「一緒に行くわ。私も知らない人じゃないから」
「危険ですよ!小野田の手下が潜んでいるかも知れませんから」
「大丈夫よ。二人で一緒にいるから」
「解りました。本当に気をつけてくださいね」
森岡のアドバイスは正しかった。小野田は一か八かでこの機会に戸村がやってくるだろうことを待ち構えていたのだ。
神戸市内の今は募集中の看板が掛かっている商店の二階に小野田は潜んでいた。知り合いの不動産屋に頼んで外から気付かれることのないように明かりを点けないで暮らしていた。鉄砲玉に雇った男に言い含めて、水島の葬儀の場所で戸村を見つけたら、尾行して殺すように、銃を渡していた。
「くれぐれも山中組に知られたらあかんで。尾行して宿泊先か人目に付かない場所でやるんや。ええか?」小野田はそう言い聞かせた。
「はい、心得ました。始末した後はどないするんですか?」
「ここに戻って来い。しばらく隠れて、ほとぼりが冷めたらどこかへ逃げたらええ。この辺は繁華街やからかえって目につかへんさかいにな」
「組長はどうするんですか?」
「俺か?そうやな、北海道にでも行くわ。広いから探されへんやろ」
「落ち着いたら俺もそうしますわ。ええですか?」
「そないし」
小野田はこの男が二人を始末したらこの場所を山中組にたれこんで始末させようと考えていた。その騒ぎを利用して自分は逃げようと計画していたのだ。
翔太と絵美を乗せたタクシーは葬儀会場の寺に着いた。確かに回りは警察官が見張っている。タクシーを降りて受付に向かおうとする二人に警官が近寄ってきた。
「すんませんが、荷物検査とボディチェックやらせてもらえますか?」
そう聞かれた。
「はい、構いませんよ」翔太の検査が終わって、絵美に移った。
「すみません。女性警官が居りませんので嫌な思いさせますが、お許し下さい」そう言って、軽く身体に金属探知機を当てた。
「異常無です。ご苦労様でした。お通り下さい」
「ありがとう、お勤めご苦労様」絵美はそう言いながら、翔太と階段を上って門をくぐり受付に向かった。道の反対側にある民家にうそを言って忍び込んでいた小野田の鉄砲玉は教えられていた戸村翔太と絵美を確認した。
「小野田さん、今戸村と女が入って行きよりましたわ」
「そうか!ようやった。逃がさんときや。うまく行ったら、礼弾むから、頑張るんやで」
「任せてください。じゃあ後で」
「戸村翔太といいます。こちらは妻の絵美です。この度はご愁傷様です」受付でそう名乗った。
「戸村はん・・・これはこれは、ご苦労様です。少しお待ち下さい」受付の男はそう言って、後ろに立っている組員に組長に知らせるように走らせた。しばらくして桂川がやって来た。
「戸村!よう来てくれたな。すまん、俺が付いていながら、こんな目に遭わせてしもうて・・・」
「桂川さん、頭上げてください。偶然知ったんです。もっと早く水島さんの周りを気遣っていたらこんなことにはならなかったのに、残念です」
「なに言うてるねん。お前は足洗ったんやろ?そんなこと出来へんがな。悪いのは約束を破った小野田や。絶対に許さへんから見とき。くれぐれも言うとくけど、お前は手を出したらあかんで。嫁さん大事にせな、な?解っとるやろな?」
「はい、仕方ないです。水島さんのご冥福を祈るだけです」
「そうや、それでええ。さあこっちに来てくれ。一番前でお経聞いてやってくれ」
水島の霊前に手を合わせて、翔太は想い出にふけっていた。周りの組員はそれぞれに悲しみをこらえていた。焼香のときに翔太は、「兄さん!安らかに眠ってください。自分の青春のすべてでした。ありがとうございました」そう大きな声で叫んだ。すすり泣く声が聞こえる。僧侶の読経が響く中、小さな声で、隣に居た桂川が「お前気いつけや。狙われとるかも知れんで」そういった。
「えっ?俺がですか」
「そうや、小野田は憎くんどったからな」
「ありがとうございます。ぶらつくようなことはしませんから大丈夫です」
「そないし、用心に越したことないからな」
葬儀が終わって、外に出た翔太と絵美は呼んでもらったタクシーで安全のために森岡の家まで行くことにした。
大阪に向かうタクシーの後を一台の車が尾行していた。交通量が多い道路では気にならなかったが、わき道に入っても後ろから付いてくるので運転手は疑問に感じた。
「お客さん、変ですわ。後ろの車が乗せたところからずっと付けているような気がします」
「なんだって!広い道路に出てくれ。早く!」
タクシーは左に曲がって入ってきた道路に出ようとした。後ろの車はその前をふさぐような形で追い越して停車した。
「危ない!何するんや」ドアーを開けた運転手は身をかがめた。降りてきた男は手に銃を携えていたからだ。
「戸村さんやな、悪いけど恨みはない。仕事や、堪忍してや」男はそういうと、後部座席にいた翔太に二発、絵美に二発銃を発射した。運転手は逃げて難を逃れた。すぐにパトカーが来て、救急車も来た。
病院に搬送された翔太は即死状態、絵美は息はあったが数時間後に絶命した。おなかの子供は無事取り出されたが、両親が居ない運命を背負わされる悲しみを持つことになってしまった。知らせを聞いて、森岡は駆けつけたがその時には悲しい対面となっていた。
「何でこんなことに・・・許したらあかん、あいつらを許したらあかん。俺がきっと捕まえて仇をとりますから、安らかに眠ってください」
朋子はあまりのショックに臥せってしまった。
作品名:深淵「最上の愛」 最終章 残されたもの 作家名:てっしゅう