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てっしゅう
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深淵「最上の愛」 最終章 残されたもの

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水島の話しが本当ならこれほど嬉しいことはないと戸村は絵美に伝えた。
しかし、小野田の本心は違っていたことを後で思い知らされることになる。

「絵美、小野田が和解の手打ちしたらしい。水島さんがそう言ってくれた」
「ほんと!じゃあ、あなたと私はもう狙われないって言うことなのね?」
「そう言う事になるだろうな。信じられないけど、水島さんの言葉を信じるしかないな」
「ちょっと府警の森岡くんに聞いてみる」

絵美はそう言って、電話を掛けた。

「はい、どうしました?」
「森岡くん、仕事中にゴメンなさいね。聞きたいことがあって」
「なんでしょう?子供出来ましたよ、そう言えばお知らせして無かったです」
「そうなの!おめでとう。そんなときになんだけど、山中組と水島組が小野田と手打ちしたって本当なの?」
「そんな情報、何で知ってはりますの?確かに、小野田は事務所を閉鎖して水島組に若いもん頼みよりましたわ。自分は引退して」
「じゃあ、水島さんが言ってくれたことは本当なのね。良かった」
「ついでに言うと、水島も引退しよりましたわ。小野田との約束みたいでしたわ。なんとか神戸もおとなしくなりそうで安心してますけど」
「ありがとう。戸村と安心して東京に帰れるわ。子供が生まれたら教えてね。遊びに行くから」
「はい、必ず。では失礼します」

絵美は戸村に抱きついた。
「どうしたんだよ、絵美」
「やっぱり水島さんの言うとおりだったわ。小野田も引退したって・・・水島さんも同じように引退したって言ってたわよ」
「本当か?水島さんも・・・」
「東京に帰る準備しなくちゃね。明日から忙しくなるわよ」
「俺みたいな奴が幸せになっていいのかなあ・・・」
「何言ってるの!これから罪を償って真面目に生きてゆけば誰も咎めはしないよ。世間はどう見るかまだ解らないけど、私たちはしっかりとやってゆきましょうね」
「絵美の言う通りかも知れないな。まずは仕事見つけなきゃいけないな」
「無理しないで。ゆっくりでいいよ。父が言ってくれたように、二人で何か始めようよ。たとえば喫茶店とかどう?」
「喫茶店か・・・どこで?」
「都内じゃ無理よね。ゆっくり考えましょ。まずは実家に戻りましょうよ、いいでしょ?」
「うん、しばらく世話になるしかないな。現職の警察官だからなんだか気が引けるけどね」
「気にしないことよ。理解あるから父は」

北海道から荷物を宅配便で送って、二人は飛行機で羽田に帰ってきた。

翔太と絵美が東京に戻ってきて一月が経った。
まだ若かった翔太は、水島に自分が貰った遺産の事は話さなかった。もし知らせたら上納金として差し出すように言われていただろう。いつか普通の世界に戻ったときのために、と思ったのか、ただ漠然と死んだ両親からのお金を使いたくなかったのかはっきりとは解らなかったが、内緒にしていて今は良かったと翔太は思っている。

絵美の妊娠に気付いた両親は、生活を安定させるために店を始めるようにと戸村にアドバイスをした。都内では場所がなかったので、郊外のいくつかの場所を見て歩いた。幸いに津田沼でいい場所があったのでそこに決めた。住まいも近くに探して新しい出発となった。大きなお腹をして店に出ている絵美を見て、常連客は優しく声をかけてくれる。毎日が同じことの繰り返しではあっても、小さな幸せがあると翔太も絵美も満足していた。

二人の過去を知るものは店には来なかったし、聞かれることもなかった。ただ、どんなに暑くてもシャツを脱ぐことが出来ない翔太は気の毒に思えた。地元の暴力団員がみかじめ料を要求しに来たときも、絵美の両親の名前を出すと、黙って帰っていった。過去のかかわりから一切逃れた翔太は水島を懐かしむこともなく、生まれてくる子供のことで今は仕事に精を出している。時折訪ねて来る絵美の両親はやっと幸せになれそうだと安心していた。

暮れになって森岡に子供が生まれた。男の子だった。絵美は電話口で泣き声を聞かせてもらって、早く自分も生みたいと強く思った。予定日の3月までまだ少しあった。東京に雪が降りホワイトクリスマスとなった12月24日、絵美は翔太と二回目の結婚記念日をジングルベルの鳴り響く店内で閉店後にささやかに行った。この時に撮った二人の写真が残されている最後のものとなった。明けて正月その不幸な事件は起きた。

「ねえ、翔太。子供が生まれたらしばらくは出かけられないから、森岡くんの赤ちゃんを見に行きたいんだけどいいかなあ?」
「そうだなあ、お正月に大阪に行こうか。神戸のあの場所にも行って両親の魂に今の俺を報告したいし」
「うん、そうしましょう」

絵美は森岡に電話をかけた。
「元気にしてる?朋子さんいますか?」
「絵美さん、いますよ。ちょっと待ってください。お〜い、絵美さんから電話やで!」
「お待たせしました。お久しぶりですね。お腹大きいんとちゃいますか?」
「そうなの。3月だからね。赤ちゃんはどう?」
「大変です。夜中も泣くし、おっぱいが良く出えへんからお乳も作らないとあかんし、家の事もあるでしょ。けど、幸せですよ。絵美さんはどうですか?」
「良かったわね。いいお母さんしてるのね。森岡くんも幸せだね。あなたは可愛くてしっかり者みたいだから。私は今津田沼で彼と喫茶店をしてるの。なじみ客も出来て毎日楽しいわよ。電話したのはね、お正月にそちらに行こうと思っているの。お邪魔していいかしら?」
「本当ですか?大丈夫ですか?」
「まだ大丈夫よ。森岡くんは仕事なの?」
「事件がなければ休みですよ。いつでも構いませんが一日は両親が来ますので、二日以降がいいですが」
「じゃあ、二日に行くわ。お店を4日から開けないといけないからそうさせて」
「はい、楽しみに待っています」

1月2日東京駅から二人を乗せたのぞみ号は発車した。
絵美の財布に入っていた帰りの切符は使われることがなかった。真っ青な晴天に包まれた車窓からは綺麗な富士山が見えた。
「富士山を見るのは久しぶりね。翔太は?」
「おれも久しぶりだよ。綺麗だなあ」
翔太はふとこれが見納めになるんじゃないのかと言う気持ちに襲われた。絵美に言おうとしたが、止めた。

大晦日の夜に水島が自宅で銃殺された。犯人は小野田の手下だった。事務所から姿を消して神戸の街中に潜んでいた。この事を知った桂川は小野田を組員総出で探し始めた。元日の朝から神戸の町は騒がしくなっていたのである。

「どうや、見つからんのか?」
山中組の桂川組長はいらついていた。
「へえ、どこに居るのかさっぱりですわ」
若い組員が答えた。
「そうか、水島の葬儀が終わったら、他の組にも応援頼んで絶対に探し出すからそのつもりで励め」
「はい、解りました」

1月2日午後に水島の葬儀が神戸市内の寺で執り行われる予定になっていた。翔太と絵美は先に新神戸で下車して、震災で亡くなった翔太の両親が住んでいた場所にタクシーで向かっていた。車内で運転手が話しかけた。

「お客さん、東京からでっか?」
「そうだけど」