深淵「最上の愛」 最終章 残されたもの
「今の若いもんは、自制心が足らなくて困るわ。優しさがわがままを増長させるんやろな。昔のように厳しい規律を敷かんとこのままでは組がダメになる。激しい抗争の果てに失うものばかり多くて誰のためにもならへんようじゃ、あかんな・・・」
水割りを飲みながら、一人で呟いていた。ふと思い立って、携帯電話を手にした。
「もしもし、誰かわかるか?水島や・・・いまええか?」
「なんや、どないしたんや?」
「話したいことがあるねん。二人だけで逢うてくれへんか?」
「いつや?」
「早い方がええな。明日どないや?」
「解った。どこでや?」
「人の多いところにしょうか?安全やろ。大阪駅のホテルのロビーでどないや?」
「ええな、6時にしょうか。待ってるわ」
「桂川さん、大事な話するさかいに」
「水島さん、一人で来るんやな?信じてるぜ」
「俺もや、一人で来いよ」
電話を切って、この話は誰にも言わないで一人で出かけていった。
「組長はどこに行ったんや?」
小野田が尋ねた。
「知りまへんわ。聞くな!って言わはりましたから」
「なんやて!おまえ何かあったらどうすんねん!探せ、アホ!」
「はい、歩いて行きはりましたから追いかけます」
水島は万が一のことを考えて、タクシーで向かった。もちろん追いかけてきた若い組員には見つけることは出来なかった。
ホテルのロビーにはすでに組長代理の桂川が立って待っていた。
「すみません、遅れまして。ご無沙汰しております」
「水島さん、待ってましたわ。座りましょう」
「はい、お時間は取らせませんので」
「まあ、ええやんけ。世間話からしょうや」
お互いに子供の頃からのことなどを話題にして少し話した後、水島は本題に入った。
「今日は覚悟して来ましてん。帰ってからみんなには話しますが、どうやろ手打ちしませんか?」
「そうやろうと思うてたわ。条件はなんや?」
「はい、俺の引退と戸村の引退。組員はお任せします。役目は決めて下さい」
「なんやそれやったら俺に身売りするようなもんやんけ。若いもん納得せえへんで。ちゃうか?」
「そうやろな・・・組の中に不穏な動きがありますねん。俺ではもうまとめられへんように感じたので、今日は来ましてん」
「相当な覚悟したんやな・・・元はと言えばお前も俺もおやっさんの一、二の子分やったんや。バラバラになって争うことはお互いの組のためにも神戸のためにも良うない・・・震災のときも二人で頑張ったな。思い出すわ。戸村がやってきて・・・水島さん、解りました。手を打ちましょう。組は今のままでええやろ。不穏な動きって誰のこっちゃ?知ってるのか?」
「はっきりとはしてません」
「そうか、この話し聞いたら一番邪魔しようる奴やな・・・気いつけや」
「ありがとうございます。では、また連絡します。桂川さん、逢ってよかったです」
帰りのタクシーの中で水島はこれで良いのだと何度も何度も自分に言い聞かせていた。
事務所に戻ると小野田が駆け寄ってきて、
「どこに行ってはったんや、みんな心配するやないか。あきまへんでこんな時に一人で出かけたら」
「小野田さん、すんまへんでした。みんなにも話があるよってに集めてくれはりませんか?」
「何の話や?全員をか?」
「お願いします」
水島は桂川組長代理と逢って来たことを話した。ざわついた。少し時間を置いて、ゆっくりと話し始めた。
「ええか、よう聞きや。桂川さんとは若いときからの仲間や。亡くなった山中組長の弟みたいにして育てられた人や。おれも同じように組のためにやってきた。戸村の功績で俺がのれん分けしてもろうて、ちょっと目の上のこぶみたいに思われてたけど、今日でそれも終わりや。仲良ようしょうって手打ちした。明日から心配せんでもええ。今までどおりにやれる。いろいろ不満もあるやろうけど、今お互いに争ってる場合と違う。サツも動き始めたし、こうすることが一番ええ方法なんや。解ってや」
「水島さん、降参したんか?山中に」
「小野田さん、変な言い方は止めてください。なにが降参ですか?」
「そうやろ?なあ、みんな。仕掛けて来たんは向こうやで!なんでこっちから頭下げる必要があるねん。義理が廃るわ」
「何の義理や?籾山が可哀そうなんか?戸村が憎いんか?言うてみ!」
「それもあるけど、悔しくないんか!水島さんは・・・勝ちにいける戦いやで。何で手打ちしなあかんのですか?解らへんわ」
「これ以上組のもん、傷つけたくないねん。意地もあるやろう、悔しさもあるやろう、けどな死んでどうするねん?この国が大変な時に争ってたら恥ずかしいで。前の震災のときにみんなどないした?助け合ったやろ。俺らも昔みたいにドンパチやってたら未来は無いで。桂川さんと一緒に神戸を守ってゆくほうがええねん。どうしても嫌な奴は出て行ってくれてかまへんで」
「俺は納得出来へん・・・」
「小野田さんは、好きにしてください。けど言うときますけど、戸村に関わったら俺が許しませんよ。あいつはもう堅気やさかいに」
「一樹会を復活させるわ。あんたらの世話にはならへんから構わんといてや」
「よろしいでしょう。着いて行きたいもんは止めへん。残ったみんなでやってゆこう」
小野田は二人の元一樹会の組員だけを引き連れて出て行った。
水島は初めから小野田を警戒していたから、一緒に着いて行った一人を前もって呼びつけて、「動き知らせてくれ」そう含ませていた。証拠が欲しかったからだ。小野田に批判的だったこの組員は名前を竜司と言った。籾山に殺された伊藤政則と仲が良かったので、真実を知って愕然としたのだ。もちろん戸村にも恨みはある。組織だから命令されたら断れない。そのぐらいのことは理解できる。しかし兄のように籾山を慕っていた伊藤の気持ちを考えると釈然としないのだ。
水島と出会ってその人物の大きさに感心した。小野田よりこの人の傍に居たいと思うように変わっていた。突然その水島から頭を下げられて頼まれたのだから、竜司は二つ返事で了承した。
戸村を収監している金沢刑務所に一人の男が面会に来た。手続きを済ませて、面会室で戸村が来るのを待っていた。
「久しぶりやな、戸村。元気にしてるか?」
「はい。よく来れましたね、水島さん」
「そうやろ。森岡さんにお願いしてん。どうしても会いたいから会わせてくれって」
「刑事に頼んだんですか?」
「そうや、それが一番ええと思うて」
「絵美が尋ねて行ったそうですね・・・びっくりしました。前に面会に来たときにそう話してましたから」
「そうや、こっちがびっくりしたわ。けど、ええ嫁さんやな。お前のこと愛しとる。なかなか出けへんからな。羨ましいわ。もうそろそろやろ仮出所できるのは?」
「この間弁護士から申請したから問題なければ来年の春ぐらいに許可されるやろうて聞いています」
「そうか、優秀やな。5年やろ?量刑は」
「そうです。2年なら早い方ですよね」
「ほんまや、嫁さん元刑事やからその辺も関係あるんやろな」
「そうでしょうか」
「あのな、桂川さんが代理になってるんやけど、12月に組長襲名するねん。断ったんやけど、俺が今度その時に代理になるねん。今までみたいに勝手に動かれへんようになるから、その前にお前に会っておこうと来たんや」
作品名:深淵「最上の愛」 最終章 残されたもの 作家名:てっしゅう