哀恋草 第八章 父との再会
一蔵は久と光の書いた手紙を携えて、約束の時間にやって来た。遠目に姿を見つけた勝秀は手招きをして中に入ってくるよう声を出した。いつもと違う態度に首をかしげながら、二人のいる場所へと近づいていった。出迎えた勝秀は、顔を見るなり、土下座をして頼み込んだ。
「一蔵殿、勝秀一生のお願いでござる。娘を助ける手助けをして下され!この通りでござる・・・」
何を言っているのか理解できない一蔵は、立つように手を差し伸べ、久と光から預かった手紙を渡した。ありがたく押し頂いた勝秀は続けて言う。
「昨日怪しいと見て捕らえた女子が居る。聞いてみれば志乃とやら。おぬしの探しているものに違いないとここに留め置いておる。中に入って確かめられよ。しかし、手荒な真似は致さぬように・・・今願い出た、光を助け出す手はずを頼んであるゆえ」
一蔵は、驚いて中に飛び込んだ。座っている女の顔は間違いなく志乃であった。
「勝英殿!よくぞ捕らえてくださった!礼を申し上げる。どれほど探したか・・・お前の話が承知できなければ、許さぬゆえ覚悟召されよ!」
志乃は、一蔵の顔をまともに見ることが出来なくなっていた。勝秀に頼み込むように、目線を向け、傍についてくれるように手招きした。
「お傍にいて、安心させてくださいまし・・・ならば一蔵様に何なりともお話いたしますゆえ」
勝秀は、志乃の隣に座って、一蔵に「そなたもここへ座って穏やかに話さぬか」と意見した。渋々座り込んだが目はずっと怒りに溢れていた。
志乃の呼吸が落ち着いたのを見計らって、勝秀は一蔵に話すように促した。一蔵は町人風情をしているので武器は所持していない。志乃の持っていた懐剣は勝秀が差し押さえて脇においてある。お互いに傷つけあわないように念を押して話が始まった。
「まずは聞こう。吉野へ来た目的はなんじゃ?」
「はい、時政殿の命で、義経様の妾を探すためでござる」
「なんと!妾とな?それに義経殿が吉野にいること何故わかった?」
「それは偶然でした。作蔵殿の炭焼き小屋から聞こえてきた笛の音に誘われて、辿り着いたその家にお世話になり、光殿と出逢いました。話されませんでしたが、匿われておる予感がしました。紹介されて尋ねた吉野で出逢った藤江さまは、なにやら落ち着かぬ様子。私が携えていた信書を見て真っ青になり気を失いかけ、それ以来落ち着かぬご様子。何か知っておると踏んで問い詰めましたが、話そうとはせず、こちらの素性が知れてしまうと・・・とっさに脇差で首を・・・その日よりずっと己のしたことを恥じてきておりまする。本当にございます。ここを歩いておりましたのも、時政殿から逃れての判断。志乃は仏門に入り藤江様を供養いたす所存でございます」
「己のしたことを恥じているとな?まことか?逃げ口上か?」
「まことにござります。お許し願えれば、最後の奉公に光どのと久どの
必ずお連れしてまいります。このままお二人が鎌倉へ引き渡されてしまえばお命も危ういことになりかねませぬ。まして時政の嘘が判ってしまえば保身のために約束を違えるやも知れませぬ。どうかこの志乃の言葉を信じてくださりませ」
勝秀は、一蔵に光と久を助け出すことを放免の交換条件として与えるように頼み込んだ。ここで志乃を殺しても藤江が帰ってくる事はないとも、付け加えた。志乃が尼になり供養すればその方が正しい道だとも話した。納得が行かない一蔵だったが、光の命と引き換えになるならと承知した。安堵の表情からその場に泣き崩れる志乃の姿からは、藤江を殺めたとは到底思えない普通の女子に見えていた。
時政の館に手紙が届けられた。弥生宛の志乃から送られたものだった。届けてきた女性に見覚えはないが、差出人が志乃だったので、疑わずに弥生に門番は渡した。
「志乃様からだわ。ご無事に着かれたご様子なのかな・・・」しばらくして弥生は読む場所を変えた。人目につかないところへ身を移して再び読み始めた。そこには自分の置かれている立場と、これから弥生に頼みたいことが書かれてあった。その日の夜に久の傍へ行き、二人は気付かれないように、光の部屋に入った。寄り添って小声で話し始めた弥生から信じられないような言葉を聴いた。
「なんと!まことの所作にござりまするか・・・久どの、光は父上様とご一緒しとうござります。昔のように三人でどこかへ逃れて暮らしましょうぞ」
「光・・・勝秀様には無念を晴らす思いが残ってござろう。ここを逃れたらまずは二人で住まいを見つけ、父上を待たれるが良かろう。そなたの傍を離れる事はもうしませぬぞ」
「母・・・久どの!光もお傍を離れませぬ」
弥生はみよにもこのことを伝え準備を手伝うように頼んだ。何も知らぬ時政はいつものように酒をあおっていびきを立てて寝入っている。志乃はまず一蔵と勝秀を伴って法住寺殿へ後白河を尋ねた。事情を話ししばらく匿ってくれるように頼んだ。もちろん時政からの書付があったので迎え入れたのだが、一蔵や勝秀の顔を見て、懐かしそうに機嫌を良くして、しばらく塞いでいた気持ちを晴らすように宴会を始めた。志乃の話した、救出の手立てに法皇も協力すると約束が得られた。
景時(梶原)は時政の館に居た。一向に進まぬ義経捜査と志乃の行方に苛立ちを感じながら、時政と対峙していた。
「このままでは、鎌倉殿のお怒りをかってしまわれるぞ、守護職どの。何か妙案はないものかのう・・・」
時政は光や久たちの素性は館の警備たちには伏せていた。妾のように話していたから、景時も二三人女子が増えていても、また悪い癖が出た、と疑いもしなかった。景時に茶を持っていった弥生は、その顔をチラッと見て、微笑んだ。
「これは、景時さま、ご機嫌麗しゅう存じます。弥生にござります。御用向きのことがございましたら、何なりとお申し付けくださりませ」
「うむ、かたじけない。今は必要ない。下がってよいぞ」
「かしこまりました」
弥生は部屋を出た。すぐに縁側から床下に入り、二人が居る部屋の下で聞き耳を立てた。
「時政殿、この景時思うことがござる。近隣に義経らしき気配を感じられませぬので、まだ京に留まって居るのやも知れませぬぞ。今一度怪しき住まいを捜査する命を出されてはいかがかな?特に、東山辺りの・・・」はっきりとは言わずに、言葉を濁したが、法住寺殿を指していることは間違いなかった。反対する訳にも行かず、翌朝朝廷に伺い、法住寺と法住寺殿の捜査勅許を願い出た。なにせ後白河法皇の住まいであったからだ。
この話を聞いた弥生はその足で法住寺殿へと向かった。門番に志乃殿へ急用があり面会したいと申し出て、呼んで来てもらった。顔を見た志乃は何かあったと察知して、中へ入るように促した。弥生は、客間で待たされ、志乃と一蔵が出てきた。
「弥生殿、どうなされた?火急な御用か?」
「はい、景時様のお話を盗み聞きし、時政殿に本日この法住寺殿検めの勅旨が出る様子にございます。明日にもここへ景時様軍勢が参りましょう!いかがなされまするか?」
「そうであったか。景時様は・・・さすがじゃのう。一蔵様、緊急でございます。今よりみなでご相談いたしましょう」
作品名:哀恋草 第八章 父との再会 作家名:てっしゅう